ダビデのかぎ

今日の7月第四聖日礼拝は李光赫 宣教師がヨハネの黙示録から
「ダビデのかぎ」というメッセージをしてくださいました。

イエス様は聖なる方であり、絶対にウソをつかない真実な方です。
また、ダビデのかぎを持っている方です。

イエス様は、人としてはイスラエルのダビデ王様の子孫です。
そして、彼が開くとだれも閉じる者がなく、彼が閉じるとだれも開く者がありません。

そのイエス様が
「わたしは、あなたの行いを知っている。見よ。
わたしは、だれも閉じることのできない門を、あなたの前に開いておいた。」
(ヨハネの黙示録3章8節)

と約束していてくださいます。

門は救いの門、御国に通じる門です。

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by covenanty | 2014-07-27 18:36 | 教会行事・集会 | Comments(0)

人間をとる漁師

今日の7月第三聖日礼拝は小山田 格 牧師がルカの福音書から
「人間をとる漁師」というメッセージをしてくださいました。

「イエスはシモンにこう言われた。
『こわがらなくてもよい。これから後、あなたは人間をとるようになるのです。』」
(ルカの福音書5章10節)


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by covenanty | 2014-07-20 16:52 | 教会行事・集会 | Comments(1)

主は私の羊飼い

今日の第二聖日礼拝は小山田 格 牧師が詩篇23篇から
「主は私の羊飼い」というメッセージをしてくださいました。

「主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。」
(詩篇23篇1節)


詩篇23篇を書いたのはダビデという人です。
ダビデは、神様と人間との関係を、羊飼いと羊に例えています。

ダビデは苦難の生涯を送った人です。
でも、すごく楽観的な詩を書いています。

6節では
「まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みとが、私を追って来るでしょう。
私は、いつまでも、主の家に住まいましょう。」
(詩篇23篇6節)

と書いています。

ダビデも、最初から、このような詩を書けたわけではないでしょう。
ダビデは神様から心の訓練を受けました。

私たちも神様から心の訓練を受けて強くされましょう。

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by covenanty | 2014-07-13 18:17 | 教会行事・集会 | Comments(1)

いたれり尽くせりの恵み

今日の総員礼拝は小山田 格 牧師がエペソ人への手紙1章3~6節から
「いたれり尽くせりの恵み」というメッセージをしてくださいました。

エペソ人への手紙は大きく2つに分かれます。
1章から3章までは救いの教理について書かれています。
4章から6章まではクリスチャンの実践について書かれています。

私たちはクリスチャンになる時、自分で決心したと思います。
でも、実は、天地創造の前から父なる神様の方から選んでくださっていました。
また、イエス様は私たちの罪のために十字架の上で死んでくださいました。
さらに、聖霊なる神様は今、私たちの内に住んでいてくださいます。

いたれり尽くせりの恵みです。
恵みとは、受ける価値のない者に対して、一方的に与えられる神様の好意です。

クリスチャンになると、この地上のことだけでなく、霊的なことが分かるようになります。

今日のメッセージ個所の1章3~6節には、父なる神様のことが書かれています。

「神は、みむねとみこころのままに、
私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、
愛をもってあらかじめ定めておられました。」
(エペソ人への手紙1章5節)


私たちを選んでくださった動機は愛です。

だから、失敗したら教会を離れるのではなくて、
失敗したら、また教会に来て、神様に、ごめんなさいをすればいいのです。

そして、これらの目的は、神様の救いのみわざがほめたたえられるためです。

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by covenanty | 2014-07-06 18:05 | 教会行事・集会 | Comments(1)

キリスト・コミッション いつでも奇跡はそこにある
•オグ・マンディーノ著 牧野M.美枝訳

N兄、素晴らしい本をお勧めいただきありがとうございました。
夢中で読み進み、昨日遅くに読み終えました。
いま、その感動のままにお手紙をしたためています。

主人公の売れっ子推理小説作家マット(マティアス)は、イエスの復活について20年以上も調べた挙句、「イエスの復活は実はなかったのだ。」と確信するのです。ところが、そのことをうっかりテレビ番組で話した夜に、信仰厚きテキサスのおっさんにぶんなぐられ、そのまま、なんとイエスの死・復活の6年後のエルサレムにタイムスリップ。
そして、アルマタヤのヨセフ(ピラトにイエス様の遺体の引き取りを願い出て、自分の墓に埋葬した人)の案内で、イエスと共に過ごした人々にインタビューして、イエスの復活は真実だったのか、だれかが遺体を隠したのではないのか、と調べていきます。
推理小説の謎解きのような面白さは、この小説の一面にすぎません。登場するひとりひとりの何と人間臭いこと。マタイ、ペテロ、ヨハネ、マルコ、といった弟子、マグダラのマリアも、復活のラザロも、そして、大祭司カイアファ、総督ピラトも登場します。

マタイは語ります(要約して引用します)。
「私は徴税人の中でも一番地位が低い者であり、最もいやしい職業にある者とされていました。自分の金を大神殿に寄付することも許されず、律法学者たちでさえ『徴税人に悔い改めを説くなど、まったくの時間の無駄』と断じていたのです。」
「私は神の帳簿から徴税人であるという自分の罪を消したい、という希望をすべて捨て去っていました。」
「でもここに、私にもまだチャンスがあり、他のすべての悲惨な罪人たちにもチャンスがある、と説く人物が現れたのです。・・・『神の王国』は手の届くところにあり、私たちのすべてがその日のために準備することができると言った。私たちのすべてが!」
「行けるときは、いつでも(イエス様の)話を聞きに行きました。・・二言三言の言葉をかけてくださるなら、と願って。しかし、いつも羞恥心で私は思いとどまっていました。」
「ある朝、イエスは説教の後、私の収税所の近くを通りました。手を伸ばせばその衣に触れられるほどでした。でも私は言葉が詰まって出なかった。そして彼は去っていき、私は無念のあまりすすり泣きはじめた。
すると、彼は急に立ち止まり、振り返って私を真正面から見ました。その時の彼の愛と同情と悲しみの表情を決して忘れません。
イエスは私に手招きして、ただこう言いました。『私についてきなさい』」

その後のことは聖書の通りです。マタイはすべてを捨ててイエスに従います。
もちろん、この本に語られているのはフィクションです。でも、実際にこうであったなら「なるほど、だからマタイはすべてを捨ててイエスに従ったのか。そうかもしれない。それなら腑に落ちる、理解できる。」と思わされます。

このように聖書に語られたことの一つ一つが、当の人物からリアルに生き生きと語られ、私たちが幾度も読んでいるはずなのに腑に落ちなかったことが、一つ一つ解き明かされていくのです。
イエスがゲッセマネで逮捕されたとき、弟子たちは師を見捨てて逃げ去り、そのまま隠れてしまいます。ペテロとヨハネだけが師の後を追っていきます。そしてペテロは、師の言葉通り三度にわたり師を否認し、師の言葉通り朝の一番鳥の声を聞き、絶望のまま去っていきます・・。

主人公マティアスは「誰かがイエスの遺体を隠したのではないか。」とひとりひとりインタビューしては、彼にはそんなことはできなかった、と容疑者リストから一人一人消していきます。そしてついにたどり着いた真実とは・・・。
おそらく、復活の最大の証拠は、あの臆病者だった弟子たちが、復活を力強く大胆に語りだしたことにあるのでしょう。土屋順一先生が以前にメッセージで語られていたことを思い出し、この本を読んであらためてそう確信することができました。

復活に関しては、以前に読んだリー・ストロベルさんの著作もジャーナリストらしい切り口で調査を進めていくもので、思わず熱くなったのを思い出しました。
虎猫ブログでも紹介させていただきました。
キリストの復活は事実か?
ナザレのイエスは神の子か?「キリスト」を調べたジャーナリストの記録

これらを読んでいくと、本当に前後左右から様々なライトが当てられて、真実に肉薄していく思いがいたします。
もしお読みでなければこれらもぜひご一読をお勧めいたします。

取り急ぎお礼まで。

虎猫
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by covenanty | 2014-07-04 23:57 | 本・映画・ドラマ | Comments(1)