新しい生き方②

今日の礼拝は「新しい生き方②」でした。

ローマ人への手紙のクライマックスである、8章の第2回目に
なります。

パウロは、肉による生き方と新しい生き方(御霊による生き方)
の対比を詳しく行っています。

基本的には、クリスチャンであれば、聖霊を持っており、天国への
保証があります。

しかし、聖霊に支配され続けているかといえば、すべてのクリスチャンが
聖霊に満たされ、導かれ続けているとは言えないようです。

私も、クリスチャンで、聖霊を持っていますが、時々失敗して聖霊を
悲しませてしまうこともあります。

しかし、聖書は、肉の思いを殺してしまうように、そして完全に聖霊に
より頼むようにと勧めます。

それは、私自身にとっても大きなチャレンジです。人間は自分の自我を
完全に手放すことは怖いからです。

しかし、完全に聖霊にゆだね、神に降伏した時に、人は本当の自由を得るのだと
聖書は教えます。(真理は私たちを自由にする)

今日のチャレンジングなメッセージを受けて、私もいつも聖霊に支配された
生き方ができるように、祈り続けていきたいです。

もちろん、失敗もあるでしょうが、少しずつキリストの姿に近づきたいです。

BY ダン吉

礼拝メッセージはこちらで聞いてください。


ポッドキャスト(音声ブログ・人生を変える聖書メッセージ)


インターネット礼拝




★↓ランキング1クリックの応援が励みになります↓★
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ

東京カベナント教会
携帯版ホームページ

ポッドキャスト(音声ブログ・人生を変える聖書メッセージ)

インターネット礼拝 過去分 & 聖書の話の要約“恵みの窓”
インターネット礼拝 日曜10時半生放送
[PR]
by covenanty | 2011-05-22 16:32 | 教会行事・集会 | Comments(0)

図書館は人生だ!


休日をどう過ごそうかと思っている方に耳寄りなアドバイス。
近くの図書館に行ってみませんか。図書館は人生そのものです。

その1 出会いがある。
ふと手にした一冊に、思いもかけない出会いがあります。お金の心配もいりません。まず借りてみましょう。気に入ればこのチャンスを生かして読み切りましょう。気に入らなければ、そのあとで借りたい人がいることも考えてすぐ返しましょう。

その2.喜びがある。感動がある。
 最近よかったと思った本のタイトルと作者だけ少し記載してみました。コメントのある方はどうぞお寄せください。
「蛍坂」吉村達也 「いのちなりけり」葉室麟 「Over the Window」川島誠ほか
「さらば厚労省」村重直子 「6千人の命のビザ」杉原幸子
「働く君に贈る25の言葉」佐々木 常夫

その3.学びがある。発見がある。
特にお勧めしたいのは、子供向けの解説書です。一通りのことが要領よく解説されていて頭に入りやすいのです。
きょう借りた「おおきなエネルギー 原子力の大研究」(PHP研究所編 日本原子力研究開発機構協力2009年12月発行)を読むと、原子力発電所の原理や仕組、安全対策、放射性廃棄物の扱い、シーベルトもベクレルもすぐ頭に入ります。発生した蒸気を冷やすのに大量の水が必要なので(復水器)、日本では海岸近くに建設されている、ということまで理解できました。では津波対策は?という疑問も出てきます。

その4.そして締切がある。
2週間などの貸出期間が定められています。期限厳守で返さなければなりません。
思い出のほかには何も残すことはできません。
私たちの地上の命もいつか尽きるのと同じです。
締切があるからこそ、今を大切に生きるのです。

悟りのある者の心は知識を得、知恵のある者の耳は知識を求める。(箴言18章15節)

虎猫


礼拝メッセージはこちらで聞いてください。


ポッドキャスト(音声ブログ・人生を変える聖書メッセージ)



href="http://www.church.gr.jp/worship.html" target="_blank">インターネット礼拝


★↓ランキング1クリックの応援が励みになります↓★
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ

東京カベナント教会
携帯版ホームページ

ポッドキャスト(音声ブログ・人生を変える聖書メッセージ)

インターネット礼拝 過去分 & 聖書の話の要約“恵みの窓”
インターネット礼拝 日曜10時半生放送
[PR]
by covenanty | 2011-05-19 22:07 | 本・映画・ドラマ | Comments(4)

新しい生き方

今日はローマ人への手紙シリーズに戻りました。

今日からいよいよローマ人への手紙8章です。

土屋先生は、このローマ人への手紙の8章を聖書の中でも

もっとも重要な箇所であるとおっしゃっています。

私が別の人から聞いた話でも、「ローマ人への手紙は、全部で

16章で、山に例えることができる。8章はその中間点

すなわち頂上にあたる」ということを聞いたことがあります。

まさに、ローマ人への手紙の中心部分に入ってきたわけです。

7章まではパウロの苦しみが記されていますが、8章に入り

1節で「こういうわけで、今は、キリスト・イエスにあるものが

罪に定められることは決してありません。」と宣言されています。

この言葉は、イエスを信じる者にとって、どれだけ慰め、そして励ましに

なることでしょうか。

私は、学生時代に、救いの確信が揺らいでいる時がありました。

そのような時に、このローマの8章1節を教えてくれた方がいて、

非常に励まされ、救いの確信にいたったという思い出があります。

ローマの8章は、まさに励ましと勝利のみことばの宝庫だと思います。

ぜひ来週以降も期待しましょう。

BY ダン吉

礼拝メッセージはこちらで聞いてください。


ポッドキャスト(音声ブログ・人生を変える聖書メッセージ)


インターネット礼拝




★↓ランキング1クリックの応援が励みになります↓★
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ

東京カベナント教会
携帯版ホームページ

ポッドキャスト(音声ブログ・人生を変える聖書メッセージ)

インターネット礼拝 過去分 & 聖書の話の要約“恵みの窓”
インターネット礼拝 日曜10時半生放送
[PR]
by covenanty | 2011-05-15 14:05 | 教会行事・集会 | Comments(0)

希望の道しるべ


地震、津波、原発。
思いもかけない災害の中で、心に留まったいくつかの言葉を紹介したいと思います

「多くの働く真摯な人間を日本は失ったが、そこに無数の人間の尊厳を見ることができた。他方で、本物を見分ける目は、同時に虚飾に満ちた堕落を見つめる目ともなり、人間のあるべき姿や本物の生き方を見直す機会をも提供する。」(コラム「大機小機」(盤側);4月15日付日経新聞朝刊15面)

「つまりは純粋な鎮魂の気持ちを、自粛って方向で、ひょいって簡単に解決されちゃうのが面白くねえんだ。なぜ東北の人たちがあんなに死んでオレが生き残ったんだ。何をすればいい、わからない、っていう迷いを持ち続け、ひとりひとりが己なりのやり方を探すのが『悼む』ってことじゃないのかな。」(麿 赤児(舞踏家)「赤子の特権で踊り捧げる」4月23日付朝日新聞13面オピニオン「今こそ歌舞音曲」より)

「あなたが今していること、そしてあなた自身が、やがて後の世代にとって道しるべとなるのです。あなたを見て、希望を持つ人たちがきっと現れるのです。その日はきっと来るのです。」(「マナMANNA」(ディボーションガイド)4月号97頁より)

私たちひとりひとり、今日一日の自分の務めを忠実に果たすこと。落ち着いて明るく過ごすこと。
いつか、あの災害を乗り越えたという静かな誇りを持つことができる日が来るでしょう。
ひとりひとりの生き様が、世界に伝わる日が来るでしょう。

「だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。
その日の苦労は、その日だけで十分である。」
(マタイによる福音書第6章34節:新共同訳)

虎猫



礼拝メッセージはこちらで聞いてください。


ポッドキャスト(音声ブログ・人生を変える聖書メッセージ)


インターネット礼拝




★↓ランキング1クリックの応援が励みになります↓★
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ

東京カベナント教会
携帯版ホームページ

ポッドキャスト(音声ブログ・人生を変える聖書メッセージ)

インターネット礼拝 過去分 & 聖書の話の要約“恵みの窓”
インターネット礼拝 日曜10時半生放送
[PR]
by covenanty | 2011-05-12 20:15 | エッセイ | Comments(2)

母の日

今週は母の日礼拝でした。
もしかしたら「教会でも母の日をお祝いするのですか。」
と疑問に思われる方がいらっしゃるかもしれません。
でも、「母の日」は、もともと教会の行事として始まったのです。
今から100年ちょっと前、アメリカの教会の日曜学校教師をしていた女性が亡くなり、
その娘さんが、お母さんの記念として、礼拝でカーネーションをささげたのが最初で
あったとそうです。

今週のメッセージは「母の日の福音」でした。
聖書によれば、今から約3500年前、ヘブル人(イスラエル人)はエジプトで奴隷状態でした。
しかし、イスラエル人は増え、エジプト人よりも多くなりました。
エジプトの王様パロは、そのことに恐怖感を持ち、イスラエル人を減らしたいと思いました。
パロは、イスラエル人の赤ちゃんが生まれた時、その子が男の子だったら、
ナイル川に投げ込むようにという命令を出しました。
ある時、イスラエル人に1人の男の子が生まれました。
お母さんは、その子があまりにもかわいかったので、その子をナイル川に投げ込まず、
3ヶ月間隠しておきました。
しかし、とうとう隠しきれなくなり、カゴに入れて、ナイル川の岸辺に持っていき、
あしの茂みの中に置きました。
その子のお姉さんが、どうなるかと思い、遠くから見ていたところ、
パロの娘が、そのカゴを見つけました。
パロの娘は、カゴの中の男の子を見て、かわいそうに思い、助けてあげたいと思いました。
そこに、遠くから見ていた、その子のお姉さんが、お母さんをイスラエル人の乳母として
連れてきました。

「パロの娘は彼女に言った。『この子を連れて行き、私に代わって乳を飲ませてください。
私があなたの賃金を払いましょう。』それで、その女はその子を引き取って、乳を飲ませた。」
(出エジプト記2章9節)


この男の子こそ、モーセの十戒で有名なモーセです。

神様は、幼い日のモーセを、王様の娘や、その召使ではなく、
母にゆだねるという計画を持っていらっしゃいました。

神様は、私たち1人1人にも目的と計画をもっていてくださいます。

神様は、誰よりも私たち1人1人を愛していてくださいます。

「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」
(イザヤ書43章4節)」


お母さんには、愛なる神様を信頼することを教えていくという崇高な使命があるのです。

神様、お母さんをありがとうございます。

礼拝メッセージはこちらで聞いてください。


ポッドキャスト(音声ブログ・人生を変える聖書メッセージ)


インターネット礼拝




★↓ランキング1クリックの応援が励みになります↓★
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ

東京カベナント教会
携帯版ホームページ

ポッドキャスト(音声ブログ・人生を変える聖書メッセージ)

インターネット礼拝 過去分 & 聖書の話の要約“恵みの窓”
インターネット礼拝 日曜10時半生放送
[PR]
by covenanty | 2011-05-10 00:00 | 教会行事・集会 | Comments(1)

「頑張って」はいけない

本当につらい思いをしている人に「頑張って」という言葉はどう受け止められるでしょうか。これ以上頑張りようもない人にとって、心を突き刺す刃となりかねません。

私は中学性になった時、母をがんで亡くしました。
そのとき「お母さんは心の中で生きているんだからね。」と言葉をかけられて、泣きました。励ましの言葉に感動したからではなく、あまりの不快さに耐えられなかったからです。

「震災でボランティアが『あなただけでも生き残ってよかったですね。』と声をかけたり、『めそめそしないで。』などと励ましたりして、かえって被災者の心を傷つけてしまう恐れがある。」「善意の押し付けや気の利いた言葉をかけようとするのは控えてほしい。」(大正大学 広川進・準教授(臨床心理学)(日経新聞3月24日朝刊16面「被災者にどう接する」より) 

これは自分が体験した場合でないと、なかなか腑に落ちないかもしれません。
それでも、知識として覚えておくことはできるでしょう。想像力と洞察力を巡らせて理解することはできるでしょう。
「思いやり」は心や情というよりは、むしろ、知識や洞察力の働きだと思います。
知識・洞察力で得たものを、心の優しさというお盆に載せてタンスの中にしまっておき、本当に必要なときにだけそっと差し出す、そのようなものではないでしょうか。

いのちに至る叱責を聞く耳のある者は、知恵のある者の間に宿る。(箴言15章31節)

虎猫

礼拝メッセージはこちらで聞いてください。


ポッドキャスト(音声ブログ・人生を変える聖書メッセージ)


インターネット礼拝




★↓ランキング1クリックの応援が励みになります↓★
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ

東京カベナント教会
携帯版ホームページ

ポッドキャスト(音声ブログ・人生を変える聖書メッセージ)

インターネット礼拝 過去分 & 聖書の話の要約“恵みの窓”
インターネット礼拝 日曜10時半生放送
[PR]
by covenanty | 2011-05-06 20:29 | エッセイ | Comments(0)

昔、人気のコメディアンが「わかっちゃいるけど、やめられない」と調子よく歌って一世を風靡しました。ご記憶の方も多いのではないでしょうか。サラリーマンの飲酒や競馬といった息抜きが、そんなつもりではなかったのに、気がついてみれば、酔っ払ってベンチで寝ていたり、ボーナスを使い果たしていたり・・・。 後で冷静になって一応は反省をするのです。こんなことしてちゃ身体に悪いし、馬で金儲けした人なんて聞いたこともないし、そもそも俺が若い娘にモテる訳ないし・・・。 でも暫くすると、同じ誘惑にまんまと乗って、同じことを繰り返す。誰でもが思い当たることですし、誰もがやめられなくて、自分に呆れつつも、非難できない訳です。だからこの歌は大流行したのですよね。 「わかっちゃいるけど、やめられない」(今、心の中で「あ、ソレっ」と合いの手を打った人、手をあげて。 因みにこの歌の作詞は前任の東京都知事です)。

クリスチャンとて事情は同じです。私達も同じ失敗を何度も繰り返しています。 悪しき思いに支配され、口にしなくてもよいことを口走り、人を傷つけ、自分を傷つけています。悪い習慣から抜け出せない人もいるでしょう。ふしだらな肉の思いや、むさぼりの誘惑に戦わずして負けてしまう人なんてザラにいます。パウロも自分自身に嘆いています「私には、自分のしていることがわかりません。私は自分がしたいと思うことをしているのではなく、自分が憎むことを行っているからです」(ローマ7:15) 

私達はこれをどう理解すればよいのでしょう。パウロは言葉を選びながら、次のように分析しています「私の身体の中には異なった律法があって、それが私の心の律法に対して戦いをいどみ、私を、身体の中にある罪の律法のとりこにしているのを見出すのです」(ローマ7:23) パウロは自分で自分のことを「本当にみじめな人間です」と絶望しています。パウロの絶望の原因はどこにあるのでしょう。それはパウロが自分の力で清くなること(聖化)を求めたことに他なりません。 

私達も同じです。私達は罪人に過ぎないわけですから、御霊によらなければ、私達自身がいくら努力しても、それは達成することは出来ません。 どんなに修行しても、訓練しても、罪の性質が私達の中にある以上、根本的な解決にならないのです。

今朝のメッセージは「ローマ人への手紙7章」からでした。7章から8章にかけて、パウロはクリスチャンの聖化について、罪の律法の支配から、神の律法に仕えることを教えています。

今朝の礼拝メッセージはこちらで聞いてください。


ポッドキャスト(音声ブログ・人生を変える聖書メッセージ)


インターネット礼拝




★↓ランキング1クリックの応援が励みになります↓★
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ

東京カベナント教会
携帯版ホームページ

ポッドキャスト(音声ブログ・人生を変える聖書メッセージ)

インターネット礼拝 過去分 & 聖書の話の要約“恵みの窓”
インターネット礼拝 日曜10時半生放送
[PR]
by covenanty | 2011-05-01 17:21 | 教会行事・集会 | Comments(1)