悩む人に近づくイエス

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イースター礼拝のお話は「人生を変えるイースターの福音」


十字架にかけられたイエス・キリスト―。
その死を目の当たりにした弟子たちの
悲しみ、失望、絶望は、いかばかりだったでしょう。

二人の弟子たちがイエスの死について論じあいながら都落ちするその途上で…
なんと、イエス・キリスト本人が近づいてきて彼らとともに道を歩きました。

イエスは死んだ。
そう信じている二人には、それがイエスだとわかりません。

悲しむ者に寄り添うイエス。
悩む者に語りかけるイエス。
整理しきれない心の叫びに耳を傾けるイエス。

イエスとともに聖書の話をするなかで、ついに二人の目は開かれ、
ともに歩き、語らっていた相手がイエスその人だと気がつくのでした。


***********************************************


イエス・キリストって本当に死んでよみがえったの?

―と、わたしはずーっと疑問に思っていました。

と同時に、福音書でイエス・キリストの生涯を読んで、
愛にあふれるイエス・キリストが大好きになりました。

こんな人がいつも一緒にいてくれたらいいのに、
友達になってくれたらいいのに、
いろんな話を聞いてもらいたいのに、と思っていました。

でも、ダメだよね…なんたってイスラエルの人だし、2000年前の人だし…

寂しい思いを抱きながら、それでも聖書を読み続ける中で、
わたしも出会いました!
よみがえったイエス・キリストに!

イエス様はずっとわたしに寄り添って歩いていて下さったのに
わたし、ぜんぜん見えていなかった。
そりゃそうです、だってイエス・キリストは死んだ人だと思っていたから。


イースターのお話は、遠い国の遠い昔のおとぎ話ではなく、
今を生きるわたしにとっても、
まさに人生を変えるほどのGood News<福音>です。


「あなたがたは、なぜ生きている方を死人の中で探すのですか。
 ここにはおられません。よみがえられたのです。」

「話し合ったり、論じあったりしているうちに、
イエスご自身が近づいて、彼らとともに道を歩いておられた。」

                     ルカの福音書24章より


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by covenanty | 2011-04-25 21:33 | 教会行事・集会 | Comments(3)

イースター

4月24日(日)はイースターです。

教会もイースターに向けて、少しずつ飾りつけが行われています。
イエス様の十字架を心に刻みつつ、イエス様の復活の喜びも共に楽しみたいですね。

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イエス様の受難から復活までが描かれています。
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ちょっと見えにくいですが、ガラスにeasterと貼ってあります。
かわいいですね。
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ぴよ
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イースター当日は、復活を心からお祝いして、さらに素敵に飾る予定です。
ぜひ、イースターは教会で一緒に喜びを分かち合いましょう。
来会をお待ちしています。

4月24日 午前9:00、10:30
イースター聖日礼拝
メッセージ「人生を変えるイースターの福音」土屋順一牧師


午後2:30 ハッピーイースターの集い
ジョイフルキッズミュージカル、ハンドベル演奏
イースターメッセージ、ティータイム


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by covenanty | 2011-04-19 18:13 | 教会行事・集会 | Comments(0)

十字架上の言葉

今日は受難週聖日でした。約2000年前の今週、イエスキリストが十字架に
ついて死なれたのです。

今日のメッセージは、イエスキリストが十字架上で発せられたことばからの
お話でした。

十字架はキリスト教の中心であり、その十字架上で発せられたイエスキリストの
言葉には重要な真理が含まれています。

その中でも、いっしょに十字架についた極悪人が、救いを求めてきたのに対して、
イエスキリストが、「あなたは今日、わたしとともにパラダイスにいるであろう」
とおっしゃっています。

ここに、救いのエッセンスがあります。すなわち、救いというのは単純なものである
ということです。十字架上の数時間での単純な悔い改めが、その極悪人を
救いへと導きました。

魂の救いというと、なにか難しい哲学とか、難しい儀式とかが必要なように思う方が
あるかもしれませんが、聖書では明確に、救いは単純にイエスキリストを信じることに
よって、もたらさらると言っています。

これは、考えてみれば驚くべきことです。

そして、このイエスキリストを信じるのか否かということが、人生最大の決断であると
いうことができます。

あなたにとって、人生最大の決断とは何だったでしょうか?就職の決定でしょうか?
結婚相手の決定でしょうか?

それらの決定はとても重要な決断ですが、それらの決断よりもはるかに重要なのが、
イエスキリストを信じるか否かという決断なのです。

それは、私たちの永遠を決定する決断だからです。

これを読んでいる皆さんが、この人生最大の決断に対して、正しい決定を下される
ことを願っています。

BY ダン吉

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by covenanty | 2011-04-17 23:23 | 教会行事・集会 | Comments(0)

律法の務め

今週のメッセージは「律法の務め」でした。

先週のメセージ「律法からの解放」の続きでした。
「それでは、どういうことになりますか。律法は罪なのでしょうか。
絶対にそんなことはありません。
ただ、律法によらないでは、私は罪を知ることがなかったでしょう。
律法が、『むさぼってはならない』と言わなかったら、私はむさぼりを知らなかったでしょう。」
(ローマ人への手紙7章7節)


律法から解放されたのであれば、もう律法は必要ないのでしょうか。
そんなことはありません。

①律法は罪を暴露します。
 自分の罪に気づく。これがなかなか難しいのです。

②律法は罪を引き起こします。
 「ここを開けてはいけない。」と言われると、開けたくなるし、
 「この実を取って食べてはならない。」と言われると、取って食べたくなるのです。

③律法は罪の罪深さを明らかにします。

ある人がイエス様に
「永遠のいのちを自分のものとして受けるためには、私は何をしたらよいでしょうか。」とたずねたところ、
イエス様は
「戒めはあなたもよく知っているはずです。
『殺してはならない。姦淫してはならない。盗んではならない。偽証を立ててはならない。
欺き取ってはならない。父と母を敬え。』」
と言われます。

それに対して、ある人が
「私はそのようなことをみな、小さい時から守っております。」と言ったところ、
イエス様は「むさぼり」という罪があることを教えてくれます。
(マルコの福音書10章17~22節)

私も以前は「罪がある。」と言われても、
「聖人君子とは言わないけれど、刑務所に入ったことがあるわけじゃないし、ピンと来ないなあ。」
と思っていました。

しかし、聖書を読むことで、自分の中に「自己中心」という罪があることに気づきました。

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by covenanty | 2011-04-11 10:37 | 教会行事・集会 | Comments(6)

イザヤ書11章はメシヤ来臨の預言とされています。
神のもとの平和の姿が描かれています。
レスピーギの曲の調べにのせて、口ずさんでみてください。

曲 オットリーノ・レスピーギ(1879-1936)
「リュートのための古い舞曲とアリア第3組曲」の「シチリアーナ」の調べにのせて

子羊は 狼と ともにいて まどろみ
子山羊が休むのは 豹の臥すねぐらで

子牛 若獅子らを 少年が導く
(間奏)

牛も 熊も 獅子も 草を食べ 群れ集う
乳飲み子は コブラの 穴にいて 戯れ 

幼子は まむしに 手を伸べて 微笑む

エッサイの 根株に わが救い主あり
神の 御恵み 世に 満ち溢れる

子羊は 狼と ともにいて まどろみ
幼子は まむしと 戯れて 微笑む 

(後奏)

「シチリア―ナ」のメロディーは、インターネットで検索いただければ、レスピーギのオーケストラ版のほか、リュートやピアノ演奏版など多くの演奏家が掲載されています。

虎猫

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by covenanty | 2011-04-05 19:51 | 聖書の話 | Comments(0)

律法からの解放

しかし、今は私たちは自分を捕らえていた律法に対して死んだので、それから解放され、その結果、古い文字にはよらず、新しい御霊によって仕えているのです。(ローマ7:6)

キリストが来られる前、(そして今も!)ユダヤ人を社会的、精神的に縛っていたものは神様がモーセを通して与えられた「律法」でした。その「律法」は400年もの間エジプトで奴隷生活を余儀なくされていたユダヤ人に、神の民として、正しく、幸せに生きるためのルールとして愛をもって与えられたものでした。

しかし、規則や規定にはよくある話ですが、その「律法」の運用が人に委ねられると、その「法の精神」は長い間に歪んだものとなり、民はそれを守るのに汲々とし、本来神様への従順を表すものであったものが、いつの間にか本質を離れ、人々を縛り付けるものになっていたのです。

パウロは「ローマ人への手紙」を通して、ユダヤ人にとって救いに至る道であった「律法」が、イエス・キリストの十字架によって終わりを告げ、律法から解放された、新しい救いの道が開かれたことを伝えています。

最初は「良きもの」であった規則やルールが、次第にその本質を離れ、人々に苦痛や不自由を与えている例はユダヤ人の「律法」に限りません。今日のメッセージの中でも紹介されていましたが、日本に於ける様々な習慣や因習の中にも、人々を不自然に縛り付け、決して私たちを幸せにしていないものがあります。因習的な社会習慣が色濃く残る地方で、常に人の顔色を伺い、人から後ろ指を指されないかを心配して、その社会習慣に従ってきた婦人。キリストを信じた瞬間に、それまで親戚や近所の人の目をひたすら恐れていたのですが、神様のみを見上げるようになり、それら全てから解放された!と新しい生き方が出来るようになったというのです。

キリストを信じたら、それによって色々な「戒律」が押し付けられて、今までのような自由な生き方が出来なくなるのではないかと言われる方がおられます。実は全く反対で、コトの本質が示されて、人々を縛っている意味のないもの、見かけだけのもの、怪しげな、訳の分らないものから解放されて自由になれます。それは必ずしも社会的習慣だけではありません。自分自身を縛っているセルフイメージの高さ、自己意識や自己欺瞞、虚栄心や偽善からも自由にされるのです。まさに神様からの恵みであります。


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by covenanty | 2011-04-03 17:24 | 教会行事・集会 | Comments(3)