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今日の礼拝の聖書のお話は、
キリスト者学生会(KGK) 関東地区の田中牧子主事でした。

ピリピ人への手紙3章12-21節から、
「キリストに捕えられて、一心に走る」と題して語ってくださいました。

―自分は何者なのか?
―人生の目的は何なのか?
―自分はどこに向かっているのか?

これらの問いは、決して若者だけのものではないといいます。

ピリピ人への手紙の著者パウロは、
自分の国籍が天にあり、かつまた、現在は地上にあって生かされていることを知っていました。

自分が属している場所と、帰る場所を知っていたパウロ。

だからこそ、「一心に走る」ことができたのです。


神様は、今自分が立っているところまで、ご計画を持って導いてくださった、
だからここを基準点として、人と比較しないで進んでいこう、
そうチャレンジを受けました。


「私は、すでに得たのでもなく、すでに完全にされているのでもありません。
ただ捕えようとして、追求しているのです。
そして、それを得るようにとキリストイエスが私を捕えてくださったのです。」

「私たちはすでに達しているところを基準として、進むべきです。」

                           ピリピ人への手紙3章より




礼拝メッセージはこちらで聞いてください。


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by covenanty | 2010-08-29 17:29 | 教会行事・集会 | Comments(2)

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本日の礼拝には
クリスチャン新聞」「百万人の福音」元編集長の守部善雅先生がおこしくださり、
「聖書を読んだサムライたち」と題してお話してくださいました。

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NHK大河ドラマ「龍馬伝」をご覧の方も多いかと思いますが、
覚えていますか、時計盗難事件の山本琢磨を。
彼は後に日本初のロシア正教司祭になったそうです。

先生のお話には、さらに
新島襄、大隈重信、勝海舟、前島密…と名だたる人物が次々に登場します。

生きる意味に悩んだ侍たちは、いかに聖書の真理にふれたのか?!

聖書の真理に触れた侍たちの人生はどう変わったのか?!

メッセージと同名のタイトルの著書「聖書を読んだサムライたち」もおすすめします。
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礼拝が終わった後のお楽しみは…



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移動本屋さん!

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いのちのことば社の書店が教会玄関にオープンして、
大人も子どもも、あれこれ本を手に取りじっくり選んだのでした。


礼拝メッセージはこちらで聞いてください。


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by covenanty | 2010-08-22 23:12 | 教会行事・集会 | Comments(4)

電気釜20個お買い上げ!

テレビで、中国からの観光客が大型電気店で電気釜20個お買い上げ、というニュースが流れていました。
ご一家で20個の電気釜を使うはずもありません。友人・知人、一族郎党へのお土産に違いありません。

もう40年前になります。私が大学生のころ、我国も海外旅行ブームでした。
1ドル360円の固定レートの時代です(その後、就職した私の初任給は6万円)。
海外に行くのに先立つものはお金です。親兄弟を拝み倒し、友人・知人、一族郎党のお餞別をかき集めて出かけるのです。
旅行の関心は、一に観光、二にお土産でした。スポンサーたちへのお土産を必死に買い漁り、両手いっぱい振り分け荷物で帰りの飛行機に乗るのです。
こんな日本人の姿を見て、現地の人々は「日本人は金持ちに違いない、あんなに金離れがいいのだ!」
とんでもない誤解です。沢山のお土産は、実は貧しさの象徴だったのです。

それでも日本の元気者たちは、男女を問わず、好奇心旺盛に、何でも見てやろう、何でも吸収してやろう、貪欲に世界に旅立ちました。そのような元気者たちを、助けよう盛り立てようという気風が国中にあふれていたのです。
おそらく、今の中国も同様なのでしょう。沢山のお土産は、その背後に喜んで餞別を出す庶民スポンサーの存在を示すものではないかと思います。

東京ディズニーランドで、新宿で、秋葉原で、はたまた杉並のアニメミュージアムで、元気な友人たちの姿を見かけたら、温かく迎えましょう。
その友人たちの日本製品、日本の文化への高い評価と期待を裏切らないようこれからも努めましょう。

私たちはひとりひとり、隣人を喜ばせ、その徳を高め、その人の益になるようにすべきです。ローマ人への手紙第15章第2節

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by covenanty | 2010-08-19 21:44 | 政治・経済・社会 | Comments(0)

キリストの日

今日は南谷富美江先生の第二回目のメッセージでした。

ピリピ人への手紙の中には、「神はみこころのままに働いて私たちに

志をたてさせ、ことを行なわせてくださるのです」という言葉があります。

私たちは、祈りながら計画を立てます。そして、それに従って進んでいきます。

パウロも伝道旅行を計画し、それを実行しました。しかし、パウロの場合は、

聖霊によって計画の変更を余儀なくされました。

私たちの計画も、時には神様の大きな摂理の中で変更を余儀なくされることが

あります。また、予期しない病などが降りかかってくる場合もあります。

そのような時に、神様にゆだねつつ、従順に従っていけるでしょうか。

詳しくは、インターネット礼拝でどうぞ。

南谷先生が、病についての感動的な二つの詩を朗読してくださいました。

苦難の意味について深く考えさせられました。

BY ダン吉

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by covenanty | 2010-08-15 19:57 | 教会行事・集会 | Comments(1)

手術の翌日からは、毎朝、病棟の中の耳鼻科処置室に通って、診察や治療を受けます。
数人から10人近い患者さんが待合椅子で順番を待ちます。
「痛みはないですか。」
「いえ、私は全然。でも出血が多かったです。溶けるガーゼを使っていただて・・。」
「それはよかったですね。わたしなんか、あまりの痛みに貧血起こしましたよ・・」

こうして順番を待っているとき、点滴棒を持ったおばあさんが来られました。
(点滴をしている時は、キャスター付きの点滴棒に点滴薬をぶら下げています。歩ける人なら、点滴棒を動かして歩けます。杖代わりにもなります)。
私が席を勧めると「いいの。私は立っているほうが楽だから。」
そのまま後ろのほうにいらっしゃいます。
私の前には、車いすのおばあさんがおられました。顔にガーゼ、点滴もたくさん、相当重い方のようです。看護師さんが付き添っておられました。
その看護師さんが、キャ!と声を出すので、私も後ろを振り返ると、なんと、あの点滴棒のおばあさんが、見事なステップでジャズダンス?をしているのです。
点滴棒があります。そもそも点滴をしているのです。そんな激しい動きではありません。それでも実にしなやかな体の運びでした。
看護師さんに問われて答えられます。「ライブに通ってたのよ!」
ふと気がつくと、車いすのおばあさんまで、足でステップを取っていました。

病の中にあってこそ、感謝しなさい、喜んでいなさい。
神様は、薄いお粥を通して、元気おばあさんを通して、私に語られました。

私たち人間の医学は、実際には血を止めることさえできないのです。「止血」とは、「これでもか!これでもか!」とばかりに鼻の穴にガーゼを詰め込み、止血と炎症止めの点滴を行うことでした。体が懸命に血を止めようとしているのを、傍らで応援しているようなものです。サッカー選手がハーフタイムに戻ってきたときに、タオルを渡し、ドリンクを渡している、医学とはそのようなものなのです。
蓄膿の手術は、その病院だけで一日に7、8人、ごくありふれた手術です。それでも、患者さんには、今後の治療方法の検討の参考にしたいと、アンケート用紙が配られました。どんなガーゼをどの程度使うか、ということさえ、まだ完全なものではなく、患者さんの意見を参考にさらに研究を続けたい、ということでした。

私たちの体は、神様から恵まれたものです。自分で勝ち取ったものではありません。
大切に使うこと、疲れれば休養をとること、具合が悪ければ手当てを怠らないこと、これは恵みを授かっている私たちの務めです。そして、医療に従事する人々は、私たちの体の仕組みを探り、よりよきサポーターとなるべく日々努めておられるのです。

いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。
すべてのことについて感謝しなさい。
これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。

テサロニケ人への手紙 第1 第5章18節

虎猫

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by covenanty | 2010-08-09 22:45 | エッセイ | Comments(3)

同じ心

今日は南谷富美江伝道師が「同じ心」というメッセージをしてくださいました。
私たちは、お互いの違いに目がいって同じ心になることが難しいことがあります。
人には自己中心と虚栄があります。
聖書には
「汝らキリスト・イエスの心を心とせよ」(ピリピ人への手紙2章5節・文語訳)
と書かれています。

キリスト・イエスは神のあり方を捨てられないとは考えず、
罪の泥沼で、もがいている人間に対して、
自分の服には絶対に泥が付かないように高いところから手を伸ばすのではなく、
泥沼に身を沈めて、下から足を押し上げて、救ってくださる方です。

イエス様こそ誰1人通ったことのない深い謙遜の谷を通られた方です。

自己中心を捨てることも、へりくだることも、
自分で自分を救うことができないのと同じように、自分の力ではできません。

イエス様を心の真ん中に置く時、
イエス様ご自身の謙遜が私たちの中に形作られていくのです。


そして、キリスト・イエスと同じ心になるという縦のつながりがあって、
私たちが同じ心になるという横のつながりが生まれてくるのです。

礼拝メッセージはこちらで聞いてください。


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by covenanty | 2010-08-09 00:32 | 教会行事・集会 | Comments(2)

ズッキーニプレート

これは何でしょう?

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きょだいなきょだいな・・・

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ズッキーニ!

そして、このズッキーニが・・・

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ズッキーニプレートになります。

とてもおいしいです003.gif
ズッキーニのわたをくりぬいて、たまねぎとツナとまぜて、
ズッキーニの上に乗せ、パン粉と粉チーズ、バターをかけて
オーブンで焼きます。

詳しい作り方の知りたい方は、のぞみ園のY先生に聞いてみてください006.gif

天然水

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by covenanty | 2010-08-05 13:29 | クッキング | Comments(0)

生きることはキリスト

ピリピ人への手紙を書いた時、パウロは投獄されていました。 投獄といっても、ローマ兵の見張りがついた軟禁状態だったようですが、そのことすらパウロは喜んでいたといいます。 また福音を伝える同労者である筈の他の宣教師や伝道師の中には、パウロが身動きが取れないことをいいことに、彼に対する妬みや党派心をあらわにして伝道する者も出てきました。

それでもパウロは喜んでいました。普通なら到底伝道の対象になりえない、ローマの親衛隊やその他の人々にも伝道でき、ここぞとばかりに自分達の栄光の為に伝道する人達によっても、キリストを宣べ伝える働きが前進するからだと言っています。

キリスト教が他のご利益宗教と違うところの1つは、私たちはこの世では神様から祝福とともに患難や苦労も与えられるということを、予め宣告されていることだと思います。 

「あなたがたは、キリストのために、キリストを信じる信仰だけでなく、キリストのための苦しみをも賜ったのです」 (ピリピ1:29)

しかし信仰を持つ者は、主にあってその苦しみに何の意味があるのか気付かされ、またその苦しみによって自分自身の傲慢や不遜が示され、また多くの場合、結果的に自分の信仰や、性格が練られ、神様により使って頂き易い器に変えられていることも(しばしば後になってからですが)気付かされます。

ですから、その苦しみや患難をいたずらに恐れたり、逃げ惑ったりすることなく、すべて主からの賜物と受けとめて、自分の全人格をもってそれに対峙し、浸ることが出来るようになります。 パウロは「生きることは、キリスト、死ぬ事もまた益です」(1:21)と言っています。もっともそれは、偽善的な自己犠牲の精神や、ストイックな精神主義や、心頭を滅却するような修行によるものではありません。 人間にはそんなことは土台無理なのです。 たとえ何回か成功したとしても長続きはしません。「あなたがたの祈りと御霊の助け」(1:19)による他はなく、逆にいうと、「祈りと御霊の助け」があれば、「私を強くして下さる方によって、どんなことでも出来るのです」(4:13)

何を偉そうに、とお思いになる方もおられるでしょう。 でも大丈夫、神様からの祝福と困難はワン・セットなのです。 これまでも、これからも困難は起こり続けるでしょうし、神様がそれが起こるのをお認めになっている以上、それから逃れるオプションはありません。 「祈りと御霊の助け」の中で、それを背負っていくことになるのでしょう。

ところで、「祈り」といえば、私の娘はロスアンゼルスで、あるメガチャーチ付属のナーサリー(保育園)に通っていました。 そのナーサリーの先生方は勿論みんなクリスチャンで、キリスト教的な価値観をもって子供達の保育をしていました。 ある時その娘が家で「私はお母さんのお腹から産まれてきたの。でもお母さんのお腹に私を置いたのは神様なの」と英語で教えてくれたときは、さすがに驚き、咄嗟には言葉も出ませんでした。 ただ娘を抱きしめながら、そんな素晴らしいことを、しかもさりげなく教えてくれる先生と神様に感謝したことを覚えています。

ちなみにそのナーサリーは、金曜日は午前中だけの半ドンでした。 午後からは職員会議だからというのです。 で、その職員会議ですが、なんと午後いっぱいかけて、先生方が200人強の子供達1人1人の名前をあげて、毎週祈っているというのです。 それを聞いた時には目がうるんでしまいました。

日本にも、数多くの宣教師や宣教団体によって所謂ミッションスクールが、それこそ保育園、小学校から大学まで建てられています。 すっかり「ブランド化」してしまった学校もあり、その在学生をみても、卒業生をみても、建学の精神、その学校が本来何を伝えるために建てられたのかと疑ってしまうような学校も少なくありません。 また自分の子どもに偏った価値観(キリスト教的価値観のこと!)を教えるのはけしからんと抗議する父兄までいるといいます。

現在区立小学校に通っている娘の周りには、ブランド・ミッションスクールの中学校のお受験を目指す子どもや親たちがたくさんいます。 たとえ何も分からないまま、ブランドやファッションだけでミッションスクールと係わりを持つ子どもや大人たちが大勢いたとしても、それらの学校が、本来の建学の目的に立ち返り、福音を伝えることを第一のミッションとして、そういった人達にしっかりと福音を語ることができるならば、パウロのように嘆かわしい事態を、かえって喜ぶことが出来るのにと思いました。

by oveja negra

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by covenanty | 2010-08-01 18:43 | 教会行事・集会 | Comments(2)