人類最初の福音

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「福音」という言葉。
普通に生活している中で、時々耳にしませんか。
危機的状況の中に福音がもたらされる…などと。
が、これ、もともとは聖書の中の言葉です。

今日の礼拝のお話は「最初の福音」です。

最初の人アダムとその妻エバは、まさに地上の楽園エデンに住まいながら、いきなり危機的状況に陥ります。

自らの創造主である神に反逆した結果、永遠のいのちを失ってしまうのです。
あとに残されたのは、死というさだめ。

そして―

この危機的状況の中で福音がもたらされました。

罪と、後悔と、孤独と、悲しみと、苦しみと、死にまみれた人間のもとに、
神が人<イエス・キリスト>となって救いに行くよ、
あなたの罪の罰を、イエス・キリストが代わりに受けるよ、
だからこのイエス・キリストについてきてみないかい!
というGood Newsです。

人間はどうしようもなく罪深いです。
でも、罪が増し加わるところに、神の恵みも満ちあふれるんですね。

神様は私たちを愛しているんです。

一人だって失いたくないんです。

だって、神様は私たちの造り主だから。愛しているから。



毎日に失望している方、生きることに絶望している方、自分が好きになれない方、
希望がありますょ。

今週の皆さんの一歩一歩が守られますように001.gif

「ですから、神に従いなさい。」  ヤコブの手紙4章7節



礼拝メッセージはこちらで聞いてください。


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by covenanty | 2009-09-27 22:33 | 教会行事・集会 | Comments(0)

学びの力

ケニアの89歳のおじいさんが胃がんでなくなりました。世界最高齢の小学生として知られる方です。幼いころから内戦の戦士として育ち、貧しさもあって学べなかった。84歳で地元の小学校に入学を果たし、「死ぬまで勉強する。」と喜んだそうです。学ぶ目的は、お金の計算ができること、聖書を読むことだったそうです(朝日新聞8月16日朝刊4面)。

私たちは学ぶことで何を得るのか。
このおじいさんの言葉に学ぶ目的が尽くされています。
ひとつには、生きる力を身につけること。
もっと大切なのは、自分の小ささを知ることです。

私たちは、「真理の大海を前にして、浜辺できれいな貝殻を見つけて喜んでいる子供のようなもの」なのです(アイザック・ニュートン)。
学ぶことは、浜辺にでることです。目の前に大きな海があることを認識し、畏敬の念をいだくことです。
科学は「なぜか」を問う、というのは、正しくありません。科学は、「いかに」を問うこと、すなわち、現実を素直に観察することからはじまります。観察の中から、事実を貫くルールを仮説として立て、それが観察と実験を繰り返して裏付けられると「学説」となっていく。さらに、より広く、より適切に説明できる仮説が主張され、証明されると、新しい学説となっていきます。
だからこそ、偉大な科学者は、自分が浜辺にいるに過ぎないことこと、まだ見ぬ真理の大海が自分の前にあることを素直に認めるのです。

「非科学的」という言葉を安直に使ってはなりません。自分の知っていること、説明のできること、教えられたこと以外を「見て見ぬふりをする」姿勢につながりかねません。
進化論の過ちは、この謙虚さを忘れたことだと思います。
ダーウィンの「種の起源」発表(1859年)から、150年が経過します。
キリンの首が気の遠くなるような年月の進化を経て長くなっていったのなら、中途まで首が長くなった「ちょっとだけキリン」や「そこそこキリン」「今一歩でキリン」などの化石が見つかってしかるべきですが、そのような「中間種」の化石はキリンに限らず現在も見つかっていません。
この事実こそ進化論を根底から否定するものでしょう。

カントという哲学者は、神の存在の論理的な証明は難しいと論じたそうです。
そのカントが最後に達した結論は、それでも自分の心のうちの良心の存在から、神の存在を認めざるを得ない、というものだったそうです。このような言葉を残しています
「美しきもの。夜空に輝く星。わが心の内なる道徳律」

私が引用したニュートンの言葉は英語の読本、カントの言葉はドイツ語の読本からです。科学は「なぜ」を問う前に「いかに」からはじまるというのは、高校の物理の先生の言葉です。
学生生徒諸君、君たちの教科書や読本のなかからも、先生の一言の中からも、きっと、君たちを支え導く言葉が見つかります。
日々の学びの機会があることに感謝してください。

「神を知りつつも尚これを神として認めず、感謝せず、その念いは虚しく、その愚かなる心は暗くなれり」(ローマ人への手紙第1章21節;文語訳)

虎猫

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by covenanty | 2009-09-21 19:07 | エッセイ | Comments(2)

創造の証拠はあるのか

 本日は、元東北大学助教授で、農学博士、現在牧師をしていらっしゃる、高橋清先生をお迎えして

創造論についてのメッセージを聞きました。パワーポイントを使って非常にわかりやすく

この世界の被造物が、どんなに精密に造られているのかということを説明してくださいました。

そのメッセージの中で、自然の生物のメカニズムは、人工産物よりもはるかに複雑である

ということが言われていました。例えば、単細胞生物。普通はそんなに複雑とは考えられませんが、

その単細胞生物の、べん毛は、1分間に何と10万回転もしてしまうほど高度なものなのです。

そして、そのべん毛の構造を調べてみると、ジェットエンジンのような構造をしていることが

わかるそうです。神様は、創造の初めから、ジェットエンジンに匹敵するようなものを

創造されていたのです。それも、ナノメートル単位の大きさです。ナノメートルというのは、

10億分の1メートルのことです。このような複雑なものが、偶然にできたとはとても

考えられません。確かに、この世界には、創造主がおられるのです。

 その他にもいろいろな生物の例をあげて、わかりやすく、そのメカニズムがいかにすばらしい

かを語ってくださっています。詳しくはインターネットで聞いてみてください。

                               BY ダン吉



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by covenanty | 2009-09-20 13:28 | 教会行事・集会 | Comments(6)

今日の礼拝のメッセージは「あなたはどこにいるのか」でした。

先週に続いて、最初に造られた人アダムと、その妻エバのお話でした。

アダムが、エデンの園で、神様から食べてはならないと言われていた木の実を食べてしまったことにより、
人は不完全な肉体になってしまいました。

それまでは、神様のように、光を衣(ころも)のように着ていました。

神様は光を衣(ころも)のように着ています。
詩篇104篇2節に、そのように書かれています。

人は神様に似るものとして造られました。
だから、人も、罪をおかす前は、光を衣(ころも)のように着ていたのです。

そして、イエス様を救い主として信じる者には、イエス様が、ふたたびいらっしゃった時、
「ご自身の栄光のからだと同じ姿に変えてくださるのです。」
               (ピリピ人への手紙3章21節)

という約束が与えられています。

神様は、罪をおかし、神様から隠れたアダムに
「あなたは、どこにいるのか。」
     (創世記3章9節)

と呼びかけました。

聖書の神様は、神様から逃避行している人間を神様の方から求めていかれます。

神様から隠れようとする人間を、自分の方から求めてくださる神様に感謝したいと思いました。

礼拝メッセージはこちらで聞いてください。


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by covenanty | 2009-09-14 01:32 | 教会行事・集会 | Comments(1)

サタンの罠

本日の礼拝メッセージは、アダムとエバがサタンの誘惑に乗って、創造主なる神に反逆をする場面です。

何故主なる神が、蛇がエバを誘惑するにまかせられたのか。
蛇とは何者なのか。
「善悪を知る木」は何故「善悪を知る」木なのか。
何故エバとアダムがいとも簡単に罪に陥ったのか・・・。 

今まで聖書を読むにつれ疑問に思っていたことが一挙に解決するようなメッセージでした。サタンの誘惑のポイントとそれに勝つためのポイントも教えられました。聖書の世界観がよく分かります。

ところでサタンと聞くと、どんな風貌をイメージします? よく漫画や映画に出てくるのが、恐ろしい、醜悪な顔をしていて、角が生えていて、とがった尻尾があって、爪が異常に伸びていて...

聖書にはサタンの外見についてそんなことは一言も書かれていません。クリスチャンでない世間の人が、アダムとエバが食べたのはリンゴの果実だと思い込んでいるのと同じくらい俗化された、間違ったアイデアです。

サタンが、神の裁きによって地を這うようにされたということは、多分それまでは直立歩行をしていたと想像されます。聖書の他の箇所によると、知恵が豊かで、非常に美しく、また光り輝いていたようです。知性があって話が出来るということでは、もっとも人間に近い存在でしたでしょうし、エバにとっても被造物のなかで一番親近感があったのでしょう。造られた順番からいうと謂わば先輩ですし、極々自然にお話を聞いてしまうくらいですから。

で、1963年生まれの私の脳裏に、その時一瞬浮かんだサタンのイメージは銀色に輝く巨人、「ウルトラマン」でした。もう少し真面目な人にとっては後光がさしている弥勒菩薩の像かもしれませんね。仏像をはじめとする偶像は、たとえそれがどんなに美しく見えても、神に反逆している人間に悪霊や堕天使がインスピレーションを与えて作らせたものに過ぎません。

サタンについての理解が深まるメッセージでした。クリスチャンの方も、そうでない方も是非、是非、聴いてみて下さい。

礼拝メッセージはこちらです。


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by covenanty | 2009-09-06 19:12 | 教会行事・集会 | Comments(2)