今回のブログでは私がどうして男性保育士になったのかということを書きたいと思う。私はもともと優等生的に育ってきたということは以前のブログに書いた。私は多摩地区では比較的有名な進学校に通っていた。なんとなく自分は数学が好きだし、理系に行きたいような感じがしていた。その時は、将来に対して悲観はしていなかった。自分にはある程度自信があったのである。
 その私にも一つの転機が訪れた。それは確か高校2年生の時に、学校で「遠い夜明け」という映画を見に行ったのである。それはアパルトヘイトに反対する映画で、黒人が差別されている場面がたくさん出ていた。私はその映画を見て、深く感動し、アフリカの問題が身近に感じられ、日本の中で、のんびりとすごしていることに何か不満のようなものを感じた。(後でわかったことだが、この映画は、私が愛読しているブログの作者の元レバノン大使が深くかかわった作品だった)
 そしてこの映画がきっかけで、国際問題に自分の関心が高まっていき、自分の将来は、理科系ではなく、国際公務員か外交官になりたいと思うようになったのである。早速、どのようにしたら、その職業になれるのかを調べると、国際公務員になるには、海外の大学院を卒業する位の学力と語学力が必要であるということがわかり、それなら外交官でいこうと思った。外交官になるには、大学の法学部や経済学部などを卒業し、外交官試験に合格することが必要であるということがわかった。そして、この道で行こうと決心した。文科系に切り替え、翌年大学に無事合格することができた。
 大学に通い始めると、自分の周りの人たちが遊んでばかりいるのに違和感を感じた。そして自分はなるべく、それに流されないで、外交官を目指して少しずつ勉強を続けていった。そして大学4年になって、無事外交官試験に合格することができた。大学卒業後、憧れの外務省に入省した。安全保障政策課に配属され、勤務が始まった。しかし、残業がとても多い勤務になじむことができず、体を壊し、恥ずかしながら、1年で退職することになってしまった。負け惜しみを言えば、当時の外務省(今もそうであるが)は、憲法を改正して、自衛隊を軍にし、国際貢献という名のもとに、戦場に出て行くべきだという人がほとんどで、護憲派の私はかやの外といった感じであり、このまま外務省にいても、戦争に加担してしまうのではないかという、恐れを感じたことが、退職の一つの理由であった。
 退職してから、かねてから学んでみたかった、社会思想・哲学を学ぶために、大学に学士入学した。そこで、社会思想を学んでいる時、ひょんなことから、友人から幼稚園でアルバイトをしてみないかという、お誘いを受けた。もともとアルバイトをしなければと思っていたので、これ幸いと引き受けることにした。そして働き始めたのが今の職場である。当時保育士の資格は持っていなかったが、働きながら取れると聞いて、2年かかって取った。そのようにして私は保育士になったのである。
 正直子どもの相手は、得意な方ではなかったが、かねてより社会福祉にも興味があった私は、大学生の時、老人ホームでボランティアなどをしていた。そして今働いている小羊園では、障害児を保育していることもあって、福祉的な働きかなと思い、就職を決めたのである。しかし、外交官を目指していた自分が保育士という仕事になって、心を切り替えるまでに、かなりの時間がかかった。自分自身でもかなり葛藤があった。「わたしの思いは、あなたがたの思いとは異なり、わたしの道は、あなたがたの道と異なるからだ。」(イザヤ55:8)私はあまり人が体験しないコースを歩んできたと言える。神の導きは、私の思いをはるかに越えていると思う。

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by covenanty | 2008-02-27 12:59 | エッセイ

誤訳・意訳・違訳

中国産冷凍食品の問題に関して、某テレビ局の報道の中で中国語の重大な誤訳があったと、マスコミが中傷合戦をしている。世界中のおびただしい情報が一瞬にして異文化間に伝えられる世の中、情報が翻訳・通訳される間には当然誤解や誤訳もあり得るだろう。ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の新訳本が昨年ベストセラーになったが、翻訳者によると、名訳とされる前訳の一部誤訳が気になって仕方無かったことが、この大仕事に取り掛かるきっかけとなったのだという。

先日とあるコンサートへ行った。女性声楽家がアメイジンググレースを歌うというので期待していた。しかし彼女は、1コーラス目は英語の歌詞どおり賛美したものの、2コーラス目以降は日本語で俗謡として歌ったのだ。日本語訳には主の恵みも神への感謝も一言も無く、自分が主語となり、自分の精神世界に酔っているかのような歌詞だった。このようなゴスペルソングもどきが日本で氾濫している。インターネットでアメイジンググレースの歌詞の邦訳を検索してみたが、Graceを「神の恵み」と訳しているものは、教会関係サイトを除いては殆ど皆無に等しかった。作者ジョン=ニュートンを紹介している音楽大学の教授でさえ「優美」と訳していた。「驚くべき優美」って一体何なのだろう。

英語が達者な妻と話し合い、これはつまりは、日本の精神土壌には「主の恵み=救い=罪の赦し」という概念が受入れられ難いからではないかという結論に至った。否、それ以上にこの日本では「主の恵み」を敢えて曲げて伝えたり、あるいは全く伝わらないようにする闇の力が働いているのではないかという思いにとらわれた。

卑近な例を上げると、日本で大人から子供まで一般に親しまれている『アルプスの少女ハイジ』は、その物語の本質に於いて原作からかけ離れたものである。ティーネージャーになったハイジ(小さいままではない)がアルムの山に帰るのは、山や渓谷が恋しいからではなく、フランクフルトで主の恵みに与った彼女が、このままではおじいさんが滅びてしまうという救霊の思いに駆られて、伝道のために山に戻るのである。羊飼いペーターのおばあさんはハイジが持ってきた白いパンに感動するのではなくて、「もう私の残りの人生では、神を賛美することしかやることは無くなってしまった」と言って感謝するのである。

子供の頃NHKで放映していた『大草原の小さな家』、その頃は微笑ましい家族愛に溢れた良い話だと喜んで観ていたが、後に米国滞在中に再放送を観ていて、このドラマは実に福音的な話であることに気が付いた。一家が馬車に乗って中西部を目指す逞しい西部開拓者精神は、日本で思われている無邪気な冒険心とは程遠く、神の導きを信じて、神の守りを祈りながら進んでいく信仰の旅そのものなのだ。最終回、住み慣れた町を追われる場面では、町の牧師の「一粒の麦もし死なずんば」の合図で町を爆破した住民が、賛美歌を声を合わせて歌いながら廃墟を後にするのである。

米国といえば、大統領選挙の様子が連日日本のマスコミで報道されているが、テレビで候補者の演説を吹き替えたり、字幕を流したりしてはいても、候補者が語る「God bless you!」(神の祝福を!)は決して訳されない。某全国紙はご丁寧に米国大統領教書に係わる演説の翻訳を紙面に載せているが、大統領が必ず最後につける「God bless America」(この国に神の祝福がありますように)だけは故意に翻訳せずに省略している。

先の『ハイジ』のTVアニメを製作したプロデューサーは、今や押しも推されぬアニメ映画のカリスマ的監督となったが、『ハイジ』に関して「西洋人の精神的支柱を借りてくる必要など何処にも無い。日本には日本人の精神的バックボーンがあるのだ」というようなことをインタビューで答えていた。誤訳・意訳・違訳の確信犯なのだ。有名になってからの彼の作品は、「もののけ姫」「トトロ」「千と千尋」「魔女の宅急便」「ハウルの動く城」と、悪霊や呪術の世界を、親しみとユーモアを込めて描いているものが殆どといってよい。「ハリーポッター」が教会や教育関係者等子供達への悪影響を憂慮する人達により、劣勢とはいえ一応批判の声が上がる米国や英国と違って、日本では、彼の作品は各界から惜しみない賞賛が送られ、大人にも子供にも無批判に受入れられている。この無神経さは、この国で占い師や霊媒師が堂々と本を著し、自分のテレビ番組さえ持って日夜民を惑わすがままとなっている所以とも言える。

学校で教えている歴史も怪しいものだ。私達は日本に仏教が伝来したのは538年、キリスト教は千年後の1549年と教えられ、無批判のまま丸覚えさせられている。しかし紀元2世紀には既にキリスト教はシルクロードを通って中国大陸に伝わっていたのだ。当時またそれ以降、日本と大陸との間に盛んに行き来があったにもかかわらず、その教えが地球の反対側から日本に伝わるまで千年も待たねばならなかったとは常識では考えられない。日本で仏教を国教とした聖徳太子が「厩戸皇子(ウマヤドノミコト)」と呼ばれ、馬小屋で生まれたという伝説は、イエス・キリストのコピーとしか言いようがない。空海が干ばつに苦しむ農民を助けるため、杖で地面を叩くとそこから泉が湧き出したという有難い逸話は、モーセが岩を叩くと水が出たことにそっくりだ。お祭りの時に男達が神の宿る箱(神輿)に棒をさして担ぐのはレビ人が神の契約の箱を運んだのと酷似しているし、箱の上には羽を広げたケルビム(鳳凰)まで乗っているではないか。各地の神社等に見られる六芒星(ダビデの星)の印、神社の赤い鳥居は過越しの鴨居の血のイメージ…と、日本古来の神道の儀式にはユダヤ的な要素が多く見られる。これは538年に仏教が伝わるよりも前に、少なくとも1549年より遥か昔に、「西洋人の精神的支柱」になる前の、ユダヤ的な、オリジナルに近いキリスト教が日本に入っていたと考える方が自然なのではないか。

日本に生活することは、すなわちこれ霊の戦いであるといってよい。サタンは実在する。神の福音を伝えさせまいとする強い力が日本には働いていると感じる。世界の先進国で、過去幾度にも亘ってキリスト教を否定し、国を挙げてクリスチャンを迫害した国は他にあろうか。真実はねじ曲げられ、あるいは黙殺され、根拠に乏しいもの、真実でないものが、「真実」としてまかり通っている。本物と偽者とを見分ける力、それは「聖霊の働き」に頼ることでしか得られない。

神の御霊によって語る者は誰も、「イエスは呪われよ」と言わず、また、聖霊によるのでなければ、誰も、「イエスは主です」と言うことは出来ません。
(コリントⅠ12:3)

by Oveja negra

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by covenanty | 2008-02-26 09:52 | 本・映画・ドラマ

祈りの力

昨日、東京に春一番が吹き・・・・・・荒れました!
ものすごい砂嵐です。
花粉も舞っています007.gif
でも、この嵐の向こうにおだやか~な春が近づいているんですね056.gif

f0136828_1891836.jpg

今日の礼拝の聖書のお話は「祈りによる勝利」。

このタイトルを聞いて「何のこっちゃ??」
と思うかたもいらっしゃるかもしれません。

今日は、最新鋭の武器や、強力な軍隊によってではなく、
「祈り」によって強敵に勝利した王様のお話から、
祈りの力について考えてみます。

ダビデが統治していたイスラエル王国は、その子・ソロモン王の代までは
栄えていましたが、ソロモンの死後、
北のイスラエルと南のユダに分裂します。

さて、ユダ王国にヨシャパテという王があらわれました。

ヨシャパテ王は神を信じ敬い、国内において良き宗教改革を行ないました。

ところが、そのように人が神に近づこうとするときにこそ、
人を不信仰に陥れるような横槍が入ることがままあります。

ユダ王国に、外国の連合軍が攻めてきました。

ヨショパテ、万事休す!

こんな時、あなたならどうするでしょうか?

ヨシャパテ王は全国民に呼びかけ、
男も女も幼い子も、みな心を合わせて神に祈りました。

神はその祈りに応えました。

「わたし<神>を呼べ。
 そうすれば、わたしは、あなたに答え、
 あなたの知らない、理解を越えた大いなる事を、
 あなたに告げよう」     エレミヤ書33章3節



インターネット礼拝の視聴はこちらです。


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では礼拝メッセージに的を絞って聞くことができます。




あなたは今、誰にも言えない何かを抱えていませんか?

「神」という方が本当に存在するなら、
   ぜひ聞いてもらいたいことはありませんか?

「何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、
 感謝をもってささげる祈りと願いによって、
 あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。
 そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、
 あなたがたの心と思いとをキリスト・イエスにあって守ってくれます」
                        ピリピ人への手紙4章6―7節



祈りの力―
それは、まさに「理解を越えた大いなる事」をもたらすものです。

教会ではみんなで一緒にお祈りする会もあります001.gif
毎週水曜日の朝6時半~7時
毎週水曜日の夜7時半~9時
です。
                                by 小石
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by covenanty | 2008-02-24 18:52 | 教会行事・集会

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今日の礼拝のテーマは「聴覚」です。

題して、「あなたはどのように聞いていますか?」

礼拝とはなにをするところでしょうか?

お祈りをして、聖書を開いて、賛美をして、牧師先生のお話を聞いて…

でも、もしわたしたちが心をかたくなにしたまま
礼拝堂の椅子を温めているだけなら、
何年たっても自分が新しくされることはない、
と教えられました。

「きょう、もし御声を聞くならば、
 御怒りを引き起こしたときのように、
 心をかたくなにしてはならない」 ヘブル人への手紙3章15節


ユダヤ人は、安息日ごとにこの御言葉を唱えながら会堂に入ったといいます。

礼拝の目的は、聖書の言葉によってわたしたちがつくり変えられること、
牧師先生はそう語ります。

来週の日曜礼拝から、わたしもこの御言葉を心に唱えてのぞもうかな、
と思いました。

インターネット礼拝の視聴はこちらをどうそ。
ポッドキャストで聖書のお話しを聴くこともできます。

                                   by 小石

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by covenanty | 2008-02-17 19:19 | 教会行事・集会

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教会で子育て交流会を開きました。ファミリーアワーという集いです。毎月開催しております。内容は、季節の行事や、子育ての勉強、情報交換などです。今回は大人10名、子ども12人の参加でした。今日は3人の男の子を育て上げたお母さんの子育て体験を聞きながら、共に子育てを考える機会を設けました。
 やはり、どんなことでも、「経験者に聞く」ということは大事ですよね。いろいろな質問も出て活発な話し合いがなされました。これからも、いろいろな企画をしていきますので、子育て中の皆様は是非ご参加ください。詳しくは東京カベナント教会スタッフまでご連絡ください。(電話03-3321-4690)
 ちなみに3月は18日(火)午前10:00より芦花公園へピクニックに行きます。
4月は5日(土)で、羽根木公園にてアウトドア料理を作ります。 BY  ダン吉

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by covenanty | 2008-02-16 18:07 | 教会行事・集会

神は存在するのか

哲学の中でも「神の存在証明」というものがある。論理的に考えると人間は一つの大きな選択をしなければならない。それは、「神が存在する」と信じるのか「神は存在しない」と信じるのかいずれかということである。日本人の多くは神の存在を認めていないか、認めていても、あまりこの世の中に大きな影響を与えることはない神を考えているように思う。あるいは、神道の神や仏の神などを信じている場合もあろう。
日本には創造主の神という概念がキリスト教以外にはない。日本人の多くが進化論を信じているので、その様な状況になっていると思う。進化論と創造論については、以前このブログで論じたが、このように素晴らしい能力を持っている人間が、偶然猿から進化してできたとは、とても思えない。何か偉大な存在がいて、その存在が人間をデザインしたとしか考えられないのである。それほど人間の体(特に脳)はすばらしくできている。科学の発達で、それはとても偶然には発生したとは思えないことが明らかになっている。
もし人間が造られたものだということを素直に認めるならば、創造主なる神の存在を認めることも比較的容易であろう。しかし、ここがなかなか難しい。日本人の多くが進化論から抜け出せないのである。人間だけではなく、自然のものすべてに目を向けてほしい。そうすると、それがどんなにすばらしくデザインされたものであるかということがわかると思う。そして創造主なる神はこれらのものを目的をもって造られたのである。創造主なる神を認めるときに、私達にも人生を生きる本当の目的がわかってくるのである。
日本の社会では、特に多くの若者が生きる意味を見失っている。それは、多くの者が進化論的な世界観に立脚していることの当然の結果のように思われる。生ける神を認めることは同時に人生の意味を見つけ出すことでもある。もちろんクリスチャンになった私も、時々神のことが見えなくなることがある。しかし、聖書を読んで祈る時に、神のことを感じることができるし、自分の人生における神の介入と働きを認めることができる。
神の介入ということで、私達日本人が見逃しやすいのが、「運がよかった」という言葉である。何か見えない力が働いて運良くよい結果がもたらされたという経験はだれもがしたことがあるであろう。普通の日本人はそこで「運がよかったね」という言葉を使うのであるが、神を認める立場からすると、それこそが神の働きであり、神の存在の証拠なのである。私自身も人生の節目において、神の介入を認めざるを得ないことがある。普通の日本人だったら「運がよかった」と言って片付けることの中に神の大いなる働きが隠れていることがあるのである。
神の存在を認めていない方も、自然をよく観察して欲しい。そして、自分の人生の中で「運がよかった」と思えたことをよく吟味して考えてほしい。きっとそこから神の存在が見えてくると思う。そして、その上で聖書を読んでみて欲しい。神の介入とその存在をリアルに感じられる人生に変わっていくことができると思う。
「私たちは、神の中に生き、動き、また存在しているのです。」聖書 使徒17:28

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by covenanty | 2008-02-15 18:09 | 哲学

日本経済の問題点

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現在の日本の経済の問題点は、いくつかある。一つは財政赤字の問題である。借金は800兆円にものぼる。そして、そのような中でも、公共事業の無駄遣いをはじめとして、多くの無駄遣いが存在し、官僚や政治家の不正もあとをたたない。そうなってくると、国民ひとりひとりも、税金を支払っても、無駄になってしまうのではないかという危機感がある。よって、政府は経済的には信頼されていないのである。そのことが、国民の一人一人の不安を増大させ、活発で自由な経済活動を疎外しているのである。特に将来に対する不安は、低所得者層に多くあると考えられる。そのような将来の不安を払拭するような経済政策が待たれるところである。具体的には、NPOなどを利用して雇用を促進するのはどうか。また、ITなどの技術を得るための職業訓練などを行なうといったことも考えられる。

  次の問題点は、格差の問題である。日本は小泉政権、安倍政権と新自由主義的な市場を優先する経済政策を採用した。基本的にその路線は間違っているとは言えないと思うが、それにともなって、貧富の格差が増大してしまった。そして、日本政府は、金持ちには優しいが、貧しい人には厳しい政策をとっていると言える。ワーキングプア-の問題や、ニートの問題、そして、それにともなって起こるであろう教育格差の問題も、そしてホームレスの問題も基本的にはこの日本の政策によっている所が大きいと思う。市場を重視すれば、格差が広がることは目に見えているが、政府には、それを改善するやる気が感じられない。もっと強力に格差を改善する政策をとるべきである。例えば高所得者が使うようなものからは税金をとり、生活必需品の税金は下げるといったような、所得分配型の政策が待たれるところである。今の福田政権がその路線に近いといえるが、まだ弱い。さらなる格差是正の政策が待たれるところである。

 第三の問題点は、政府の政策にクリエイティブな発展性のあるビジョンの作成能力に欠けているということである。今の政府の政策は守りに入っており、どうやって支出をおさえるかということが念頭に置かれている。それはそれで大切なのであるが、それだけでは、日本の社会の問題は解決しない。やはり、ビジョンが必要なのである。そこで提案であるが、日本政府は、しばらくの間、社会起業家や、NPO団体などの非営利部門の経営者にビジョンの作成を任せたらどうか。そして、政府はそれをバックアップすることに専念してはどうか。非営利部門から奇抜で効率的なビジョンがどんどん出てくるのではないかと思う。

 最後に、日本は生ける神を信じ、このお方に国の行く末をゆだねることが大切だと思う。神の導きに従うならば、神は必ず私達の国に祝福を与えてくださるはずである。以下少し長いが聖書を引用して終わりたい。「もし、あなたがたがわたしのおきてに従って歩み、わたしの命令を守り、それらを行なうなら、わたしはその季節にしたがってあなたがたに雨を与え、地は産物を出し、畑の木々はその実を結び、あなたがたの麦打ちは、ぶどうの取入れ時まで続き、ぶどうの取り入れ時は、種まきの時まで続く。あなたがたは満ち足りるまでパンを食べ、安らかにあなたがたの地に住む。」聖書レビ記26章3-5節 BY ダン吉

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by covenanty | 2008-02-14 18:42 | 政治・経済・社会

東京カベナント教会附属の福祉作業所、のぞみ園のクッキーの写真が、昨日(2月13日(水))の毎日新聞の夕刊の3面に載りましたのでご紹介します。

記事の題名は「歩きたい、赤瀬川原平の散歩の言い訳、第87回下高井戸」です。抽選でのぞみ園のクッキーが当たります。ぜひチェックしてみてください。 BY ダン吉f0136828_18334330.jpg

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by covenanty | 2008-02-14 18:34 | 教会行事・集会

男性保育士の子育て論②

男性保育士の子育て論② トイレトレーニング 

 トイレトレーニングは小羊園の場合、1歳~2歳のあいだに開始する。トレーニングパンツで練習し、失敗したら叱り、できたらほめるということを忍耐強く続けていく。ほとんどの子供が、このトレーニングでトイレの自立を果たすことができる。大事な成長過程の一つである。
 ここでの一つのポイントは、トイレが自立すると他の発達にも良い影響を与えるということである。トイレが自立できると、急に絵が上手になってきたなどということも起こる。子供の発達というのは本当にいろいろな面で、他の発達とリンクしているのだということがわかる。やはり子供もトイレができてほめられることが多いとそのことがその子の発達にプラスに作用する。その意味で、ほめて育てるということも十分検討に値する保育方法である。子供はほめられることを通して、のびのびと成長していく。
 子供をほめるということはお父さん方にとって意外と難しいかもしれない。なぜなら子供をきちんとほめるためには、子供に関心をもっていなければできないし、よく観察していなければできないからである。子供がいままではできなかったけれど、今ではできるということに親がよく気がついて、子供をほめるということをしなければならない。自分の観察力で、子供のことをほめることができれば、子供との関わりも強くなる。また、よくほめて人間関係を作っている時にこそ、きちんとしかることができるようになる。普段関わってもいないのに、しかることだけしかるというのでは、子供は心を閉ざしてしまうし、良い成果はあげられない。一方でただ甘やかしているだけでも、だめなことは明らかである。やはりほめることとしかることとのほどよいバランスが必要なのだと思う。   ダン吉

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by covenanty | 2008-02-13 17:28 | 子育て・家庭

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 2月9日土曜日、教会のキッズ・ユースゴスペルチームであるジョイフルキッズが、武蔵野公会堂で行われたスペシャルオリンピックス日本・東京 英語プログラムの主催する「オズの魔法使いと仲間たち」のミュージカル発表会に、ゴスペルで参加させていただきました。

 スペシャルオリンピックスとは知的発達障害のある人達に様々なスポーツの機会と競技会を提供し、彼らの自立と社会参加を応援していく国際的な団体。東京でのグループに参加しているジョイフルキッズのメンバーのお誘いで、今回の参加となりました。

 ジョイフルキッズは、日曜学校の生徒を中心に幼稚園年長から大学生まで30名余りが作るゴスペルチーム。トラディショナルな讃美歌から、ポップアレンジゴスペル、コンテンポラリー・クリスチャン・ミュージック、ミュージカルと様々な讃美を、礼拝で、またクリスマスやイースターに捧げてくれています。

 今回は、いつもの礼拝堂とは違って、スポットライトを浴びての小ホールでの讃美とあって、少しばかり緊張気味のこどもたちもいましたが、「ほめよイエスを」「今日の日を喜ぼう」「君は愛されるため生まれた」「You Are Special」「Oh Happy Day」と5曲を力いっぱい、ある曲は振り付きで、またある曲は手話を入れて歌いきりました。

 この与えられた機会によって、こどもたちが、自分達のそばに大きなチャレンジを受けながら精一杯頑張っている人達がいることをしっかり感じ取り、またジョイフルキッズの歌声を聴いてくださった方々が、神様によって目的をもって造られ生かされているいのちの喜びを感じてくださったなら、素晴らしいことだと思います。

  せかいでひとりだけ たいせつな人として
  かみさまはきみを つくられたことしってる
  きみにしかできない とくべつなことのため
  この世の中に 生かされているけいかくを

            (「You Are Special」より)

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by covenanty | 2008-02-13 09:41 | 賛美