カテゴリ:エッセイ( 128 )

中央線の勇士たち

朝の9時。荻窪から中央線に乗りました。御茶ノ水で仕事の打合せをするためです。
電車はかなり混んでおり、私も通路近く何とか吊り革にぶら下がって立っていました。
突然、近くの若い女性がうずくまりました。そのまま立ち上がれないようでした。少しためらいましたが、女性の側にひざまずいて声をかけました。「次の駅で降りますか。」女性は首を振って「いえ、降りたら会社に遅れます。」
でも、うずくまったままです。もう一度声をかけました。「席に座りますか?」女性はうなずきました。
私は立ち上がって、周りの人に大きな声で呼びかけました。「お加減の悪い方がいらっしゃいます!どなたか席を譲ってあげていただけませんか!」
座席に座っていた数人の方が一斉に立ち上がり、席を譲ろうとします。その中の若い男性が最終的に立ち上がり、周りの人も席を替わって、入口近くの席を空けていただきました。私は女性の手を引いて、席に案内しました。1人では席まで行けないようにも思えたからです。
その後、女性の様子を時々見ていました。万一、さらに容態が悪くなることがないか、と心配したからです。隣の席の中年の女性も心配そうに声をかけていらっしゃいました。幸い、元気を取り戻されたようで、御茶ノ水で降りるときに私が会釈すると、会釈を返していただきました。

不思議だったのは、この一連の動作を、躊躇いもなく、日常の動作のようにできたことです。こんな時、後で心臓がドキドキするかと思ったのですが、それもありません。
後で考えてみました。
自分自身がここ数年で3度ほど緊急入院しました。具合が悪い時に周りの人の手助けが必要なことがあります。その経験から、具合の悪い人の気持ちを理解し、躊躇せずに必要な行動ができるように、鍛えられてきたのではないか。
そしてもうひとつ、この国では、1人が声をかければ周りの人は必ず動きます。女性の様子を見ていた人は沢山いたはずです。心配してどうしようかと思っておられたのです。誰かがひと声かけるだけで、一斉に行動できる心の準備はできているのです。私はきっかけを作っただけなのです。

私には夢があります。あの時の私の行動、周りの人々の思いやりが語り伝えられ、同じような時にためらわずに行動する勇士たちが次々と起こされることを。

受けるよりも与えるほうが幸いである (使徒行伝20章35節より)
虎猫
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by covenanty | 2016-11-01 23:57 | エッセイ | Comments(2)

渋谷で出会った若と姫

4月のことです。
折からの暴風雨の中、渋谷区地域交流センター(恵比寿)に行くときのエピソード。
地図はもらっていましたが、暴風雨で道が分からなくなりました。
傘も吹き飛ばされそうです。心細くなってきました。
前方から若い男女のカップルが来られたので道を聞いてみました。
(若A、姫Aと呼ばせていただきましょう。)

虎猫「すみません。渋谷区地域交流センターに行く道をご存知でしょうか。」
若A「交流センター?スマホで調べてみましょう。あ、ここだ。」
姫A「保育園なんて書いてありますよ。いろいろな施設があるんでしょうか。」
虎「多分そうだと思います。」
若A「それでは、まず、この道を道なりに下っていってください。それから左に、いや、大きな道路まで出て、信号のところで左に曲がるほうがわかりやすいでしょう。」
そう言ってスマホの画面を示しながら、丁寧に説明してくださったのです。

歩くこと数分。その大きな道路の信号のところに出ました。それでも、見当がつきません。また、迷ったら大変だ、と思っていると前方から若い男性2人、女性1人のグループ。
(若B1、若B2、姫B、呼ばせていただきましょう。)

虎「すみません。地域交流センターは、どう行けばよいのでしょうか。この近くのようなんですが」
若B1「スマホで調べてみましょう。雨風がきついからそこの軒下に行きましょう。
さあ、みんな競争だぞ!誰が一番先に見つけるかな!」
姫B「あ、あった!」
若B1「あ、すぐ近くだ。僕たちが行くのと同じ方向です。ご一緒に行きましょう。」
虎「スマホってこんなに便利なのですか。私もスマホに変えようかな。」
若B1「こういう時には本当に便利ですよ。」
そして、センターまで一緒に案内してくださったのです。
若B2「交流センターで何か催しがあるのですか。」
虎「私が参加している多言語の催しがあるのです。」
若B2「多言語というのは何語なのですか。」
虎「英語、スペイン語、ロシア語、韓国語、中国語です。」
若B2「へえ、そうなんですか。すごいな。」
若B1「あ、多分この建物ですよ。交流センターと書いてあります。」
虎「ありがとうございます。ほんとに助かりました。」

暴風雨の中でしたが、心は晴れ晴れ、快晴の日でした。
こんなふうに親切な若者たちが、文明の利器を駆使して、なんの躊躇もなく人に尽くしてくれます。

質問①この国の未来は明るい、と思うのですが、皆さんはどうお考えですか?
質問②それでもあなたはガラケーのままにしますか?スマホに変えますか?

すると、王は彼らに答えて言います。
「まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちの一人にしたのは、私にしたのです。」
(マタイの福音書26章40節)

虎猫
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by covenanty | 2016-05-14 09:47 | エッセイ | Comments(0)

春の喜び―咲き誇る花々

4月30日(土)快晴の昭和記念公園。
どこを見渡しても、チューリップをはじめ、さまざまな花が咲き誇り、木々も池の風情も私たちに喜びと憩いを与えてくれます。
花も木も自然のもの。主が創造されたもの。
それを見て喜び励まされる私たちも、主に創造されたもの。

「しかし、わたしはあなたがたに言います。栄華を窮めたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした。」
(マタイの福音書6章29節)

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虎猫
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by covenanty | 2016-05-11 19:08 | エッセイ | Comments(2)

介護老人体験記

三毛猫の三毛「虎猫おじさん、入院したんだって?もう大丈夫なの?」
虎猫「ありがとう。お陰様で何とか治ったよ。危うくICUに入れられるところだったんだ。」
三毛「え!ICU?キャー、素敵!」
虎「?」
三毛「だってICUでしょ。国際基督教大学でしょ。佳子様に会えるかもしれないじゃん!」
虎「それはICU違い!『国際基督教大学(International Christian University)』じゃなくて、おじさんが入れられそうだったのは『集中治療室(Intensive Care Unit)』だよ。」
三毛「なんだ、つまんない。」
虎「三毛ちゃんにとってはつまらないかもしれないけれど、おじさんは大変だったんだぞ。」
三毛「どんなふうに大変だったの。お医者さんや看護師さんに徹底的にお世話されて、上げ膳据え膳、左団扇の別荘生活じゃないの?」
虎「とんでもない。いいかい三毛ちゃん。三毛ちゃんはおしっこやウンチはトイレでするかい、それともベッドでするかい?」
三毛「ちょっと、おじさん、レディに向かって何言うのよ!トイレでするに決まってます!」
虎「おじさんは立つことも歩くこともできなかったんだ。おしっこは管を通され、ウンチは看護師さんに頼んでおまるを当ててもらうんだ。」
三毛「や、ヤダ、最低!なによ、それ!おじさん本当にそんなになっちゃったの?」
虎「そうだよ。寝たきりで介護を受けるお年寄りはこんな感じなのか、ひしひしとわかったよ。看護師さんは嫌な顔一つ見せずにおまるをあててくれたけれど、早く自分でトイレに行きたい、こんな生活早く終えたい、と思ったよ。これがもし一生続くと思ったら、とても耐えられない、そう思った。」
三毛「・・・」
虎「きっと神様は介護を受ける人の気持ちがわかるように、こんな試練をくださったのかもしれない。そう考えるようにしたよ。」
三毛「う~む・・おじさんって、すごい・・」
虎「晴れて車椅子でトイレに行けた時のうれしさ、やがて、一人で看護師さんの助けを借りずにトイレに行けた時の感激、わかるかい?」
三毛「わかんない、簡単にわかるものじゃなさそう。」
虎「ご飯のことも話しておこう。」
三毛「おじさんって、大食漢で有名よ。いつも教会のランチをおかわりしているじゃない
虎「その大食漢が、ご飯など全く食べられなかった。点滴で栄養を取るんだ。」
三毛「時にはダイエットもいいものよ」
虎「勝手なことを言うね。なんとか数日で食事ができるようになった。たぶん食べられないだろうな、と思っていたよ。
でも出てきたのは、ご飯は全粥だったけれど、おかずは普通の物だった。ナスのしぎやき(ナスの味噌田楽)、そして焼き魚。そのしぎやきを食べたとたん、こんなおいしいものがある!と感激したね。ところが看護師さんがやってきて『血液中の酸素量が不足しています。食事をすると一時的に呼吸を止めているんですよ。普段ならなんでもないでしょうけれど、一口食べたら、2~3回深呼吸してください。酸素の量も増やしておきます。』と言われたんだ。」
三毛「何よ、おじさん。酸素吸入までしていたの?」
虎「そうだよ。鼻にチューブを当てて、酸素を補っていたんだ。ご飯のときは一口食べたら2~3回深呼吸、酸素量もワンランクアップ、自分でも酸素モニターを見てチェックしながら、少しずつ食べたんだよ。」
三毛「そんなんじゃ、味もわからないでしょう。」
虎「いや、ちゃんとわかったよ。この一口、一口が命のもとになるんだ、大切に大切に味わって食べたから、とてもおいしかったよ。」
虎「やがて車椅子に座って起きていることができるようになった。なにしろ、1週間寝たきりだったからね。だいぶ回復して、看護師さんに付き添っていただいて歩行訓練を始めた。そんなふうにして一歩一歩回復していったんだよ。」
三毛「でもよかった。ちゃんと治ったんだね。」
虎「治りだすと早かったよ。今日からおしっこの管は取りましょう、今日から酸素もいりません、今日から点滴は不要です。そして、挙句の果てに『明日退院していただいていいですよ。』そこまで準備はできなかったので、『後3日ほど待ってください。』と頼んだんだ。それくらいゆっくりしていてよかったと思うよ。その3日でさらに歩行訓練をして、日常生活復帰に支障がないようにできたんだ。」
三毛「大変な体験だったのね。でも、早く治ってよかった。」
虎「決め手は10月18日のマウント・オリーブ・ミニストリーズ代表の中野雄一郎先生のメッセージだった。インターネット礼拝でお話を伺っていたんだ。その中で先生がおっしゃっていたよ。
『病にかかると、「神様、早く治してください。」と祈りがちですが、これは、自分の目が病に向いてしまっているのです。
病の回復の早い人には共通の特徴があります。
「治ったら何をするか」が分かっていること、即ち病後に目を向けていることです。』
そうだ、自分にはやるべきことがあるんだ!そう思った。
『退院していいですよ』と言われたのはその翌日だったんだ。」

三毛「おじさん。佳子様には会えなかったけれど、神様に会えたのね。」
虎「・・・・・(涙)」

虎猫
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by covenanty | 2015-11-19 22:04 | エッセイ | Comments(0)

秋の散歩道

気候の良い日が続きました。
体力回復も兼ねてあちこち、出かけました。
素敵な秋の景色をいくつも目にしました。
その中から数枚の写真を選びました。

長沼公園(京王線長沼駅)

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高尾山(京王線高尾山口駅)
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昭和記念公園(IR中央線立川駅・青梅線西立川駅)

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「地の深みは主の御手のうちにあり、山々の頂も主のものである。」
(詩編第95章第4節)

虎猫
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by covenanty | 2015-11-12 10:50 | エッセイ | Comments(0)

君は星を見ているのか

あるアメリカの女性が軍人のご主人と共に、インディアン居留地近くの任地にやってきました。
都会を遠く離れ、話し相手もありません。
女性はお父様に「こんなところは寂しくて嫌です、早く都会に帰りたい。」と手紙を書きました。
お父様から返事がきました。こう書かれていました。
「二人の囚人が鉄格子から外を眺めていた。
一人は泥を見ていた。一人は星を見ていた。」
Two men look out through the same bars: one sees the mud, and one the stars.

女性は、はっと胸を衝かれました。
次の日から、女性はインディアンの家を訪ねて、伝統の織物を教えてもらうようになりました。やがてその伝統織物を各地に伝える活動を始めるようになったのです。

昔読んだ本の一節です。
突然の病で入院しました。その病院のベッドでふと思い出しました。
心に誓いました。
自分は星を見て生きる。

「いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。」
(ピリピ人への手紙第4章第4節)

【注】
①アメリカの女性の話は記憶で書いています。出典をご存知の方はぜひ教えてください。
②二人の囚人の名言の出所
フレデリック・ラングブリッジ(19~20世紀アイルランドの作家、1849~1923)
『不滅の詩』
「ジョジョの奇妙な冒険」で引用されていることで有名な言葉だそうです。
ご存知の方も多いのではないでしょうか。
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by covenanty | 2015-10-20 06:56 | エッセイ | Comments(5)

私が悪性リンパ腫という病気で生まれて初めて入院したときのことです。
入院の前の日に娘が私に聞いてきました。
「お父さんの病気治るんだよね。安心させようと思って嘘ついてるんじゃないよね。」
私はお医者さんに言われていたことを娘に伝えました。
「この病気は治療法が確立しています。ただし、高い確率で再発します。
それでも、治療法は、日進月歩です。希望を持って治療に励んでください。」
娘は、納得したようでした。
私は心に誓いました。
絶対死にはしない。必ず治ってやる。
それから10年近く経ちます。
治療はうまくいき再発することなく、今日に至っています。

またこんなことを思い出しました。
私の父が死んだ時です。
私は長男でしたから、お葬式や、その後始末で多忙を極め、2週間会社を休みました。
そして、会社に行く日がきました。
2週間も休むと、会社に行くのが億劫になります。
暗い気持ちで家をでました。
ところが、通勤電車の中、そして電車を降りてから、会社への道を急ぐ人々の姿を見ている中に、気持ちがどんどん晴れてきました。
私の父は、女子大の先生でした。お葬式には、様々な年代の女性たちが来てくださいました。もちろん、皆さん喪服です。時は、ちょうど夏の終わりでした。
そして今、季節は暑い夏から秋に変わりゆく時。
通勤する人々、とりわけ女性たちは思い思いの秋のファッションに身を包み、さっそうと歩いています。こんなふうに女性たちが美しく見えたことはありませんでした。
そして、私も、生きる希望を取り戻したのです。

もし今、心が打ち砕かれ、生きる希望を失くしておられるのなら、それでも、今日、この一日だけ生きてみてください。
無理に明るく振る舞う必要などありません。泣きたかったら泣きなさい。愚痴をこぼしたかったら、愚痴をこぼしなさい。何もしたくないのなら、何もしなくてもよいのです。ただ、今日一日を生きてください。そして床についてください。
きっと明日の朝、主は、あなたの目を覚ましてくださいます。

「まとこに、御怒りはつかの間、いのちは恩寵のうちにある。夕暮れには涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びがある。」詩編第30章第5節

虎猫
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by covenanty | 2015-09-22 20:24 | エッセイ | Comments(2)

快晴の春

4月下旬から5月初めにかけて、快晴の風景です。

昭和記念公園
チューリップが咲き誇っています。

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高尾山
山頂からの風景です。

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「地の深みは主の御手の上にあり、山々の頂も主のものである。」
(詩編第95編第4節)


虎猫
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by covenanty | 2015-05-08 23:16 | エッセイ | Comments(0)

ラッパの響き

年の初めに、元気づけのため「ラッパ」について少しばかりお話しいたしましょう。虎猫自身が、以前にアマチュア・オーケストラでテューバ(最低音を受け持つ大きなラッパ)を担当していたので、ラッパと聞くだけで元気が出てきます。

ラッパという金管楽器は、ずいぶん昔からあるようです。以下、聖書の記述や音楽史などから・・・。

1.聖書の記述
ラッパという言葉は茎とか管という意味のヘブライ語に由来するとされます。
青銅又は銀製の吹奏楽器で、直管をなし先端が朝顔状に広がっています。
聖書で初めて登場するのは、レビ記23章24節。
詳しく紹介されているのは民数記10章です。銀のラッパを2本作り、祭司であるアロンの子らが吹き鳴らして、会衆の召集や出発の命令、戦闘開始の合図として、さらに祝祭などの喜びのときに用いられることが記されています。

新約ではイエス様の再臨のときにラッパが吹き鳴らされます(マタイ24章31節。第1コリント15章52節、第1テサロニケ4章16節参照)。黙示録8章以下ではラッパを吹く7人の天使の記述があります。終わりの日に選民が集められることに関連しています。
(参考:「新共同訳聖書『聖書辞典』」新教出版社など)

2.怒りの日(ディエス・イレ、Dies irae)
この終わりの日について、「怒りの日」として、モーツアルトやヴェルディの「レクイエム」に描かれています。
ラッパや打楽器が登場する壮大な音楽です。黙示録の描写を、大作曲家たちが見事に音楽として表しています。

3.音楽史より
ラッパの語源としてはオランダ語、サンスクリット語、中国語など諸説ありますが、金管楽器、とくにバルブなど音程調節装置がない単純な構造のものをさすとされています。唇の振動だけで音の高低を調節するので、ドミソドなどの音しか基本的には出せません。軍隊ラッパが典型です。
正露丸のラッパのコマーシャルがその一例です。このメロディは陸軍の食事の合図のラッパだそうです。日露戦争で下痢に苦しむ兵隊さんに飲ませた薬(クレオソート)がよく効いたので「征露丸」として発売され、後に「征」を「正」に変えたものです。

金管楽器の祖先は新石器時代にさかのぼるという説もあります。
古代エジプトでも金属製軍用楽器があったとされますし、旧約聖書で記載されている直管のラッパがトランペットの始祖ではないかとも言われています。
ギリシャ・ローマ時代には管の長さが1mを超えるラッパなども使用されており、これらがトランペットの始まりではないかともされているようです。
この時代を描いた映画では、兵士たちがそれらしい楽器を演奏しているシーンをよく見ます。
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さて、私たちは、自らへの主のご命令を伝えるラッパの合図を正しく聴き分けているでしょうか。なによりも、再臨のラッパへの備えができているでしょうか。書いているうちにいささか自信がなくなってきました。。
改めてわが耳を澄まし、心を整え、この1年に臨んでいきましょう。

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虎猫
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by covenanty | 2015-01-11 20:24 | エッセイ | Comments(0)

生かされている者の務め

Nさん 明けましておめでとうございます。
早々に年賀状をいただきありがとうございます。

昨年の様々な出来事で意気消沈していると伺いました。これからどうしていけばよいのか、と悩んでおられるのですね。

私のささやかな体験をお話しします。
2010年10月末。私は60歳で銀行の定年を迎えましたが、再雇用制度で65歳まで勤務できることになりました。その記念に何かしよう、と考えて、「公認不正検査士」という資格試験を受験することにしました。企業の不正防止対策の専門資格です。銀行で長く法務・コンプライアンスを担当していた者として、役に立ちそうだな、箔がつくかもしれないな、と言う軽い気持ちでした。
12月に入会金・教材費・試験の受験料など纏めて大枚○万円を振り込むと、数日後にドカンと教材・問題集など一式が送られてきて、4月の受験に向けて勇躍勉強を開始しました。
しかし、不正対策の重要4分野(会計、法律、不正調査、犯罪学)を網羅する高度な資格です。1月、2月と日が経つにつれて、だんだん絶望的な気持ちに襲われました。
「これは大変な試験だ、とても一発で合格は難しい。試験は春・秋と行われるのだから、春に二科目、秋に二科目と分けて受験しようか、それともいっそ諦めようか、60歳を越した人間が何も無理することもない・・。」
そうこうしているうちに、あの3月11日を迎えました。2011年の3月11日です。
地震、津波、原発事故・・・。
その惨状を見ながら、何か吹っ切れたような気持になりました。「多くの命がひとときに失われ、多くの人が避難生活を送っている、その中で命を落とした人もいる。生きることを許された自分がすべきことは何か。」そんなことを漠然と考えたのでしょう。
私の出した結論はこうです。
「健康に恵まれ、自分にふさわしい仕事に恵まれ、さらに仕事のスキルを伸ばすチャンスを与えられた者が、何をためらうことがあるか。」「自分にできることに全力を尽くすべきだ。」
それから1か月間猛勉強して、一発で4科目すべて合格しました
今考えても、どうしてあれだけ迷いもためらいもなく、猛勉強ができたのか、どこからそんな力がわいたのか、不思議でなりません。合格点にほど遠かった問題集を食らいつくように繰り返し、少しずつ目標に近づいていく日々は、苦しみよりも達成の喜びに満ちていました。
そして2日間にわたる受験は、ジャンプもステップも楽々とこなすスケート選手のような喜びの内に終わったのです。

Nさん、あなたは健康です。五体満足です。いったいそれ以上何を求めるのですか。
今あなたに与えられた使命に全力を尽くしなさい。迷うことはありません。
この1年がNさんにとって素晴らしい年となりますようお祈りしています。

虎猫

【参考】公認不正検査士
この資格はもともと、アメリカの公認会計士や警察・検察など捜査関係者が、お互いのノウハウを出し合えば、企業の不正防止対策に役立つのではないかと検討して作られたものです。米国では26000人もの公認不正検査士が活動し、さまざまな活動実績が挙げられています。我国の資格者はまだ800名程度で、それほど知られてはおらず、メジャーな資格とは言えませんが、これからだんだん知られていくでしょう。私自身も、会社の業務の様々な場面で学んだことが生かされていくのを実感しています。
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by covenanty | 2015-01-02 14:33 | エッセイ | Comments(0)