カテゴリ:聖書の話( 57 )

ユダヤのイエスという人が二人の盗賊とともに十字架刑にされた、あの時のことを話せ、とおっしゃるのですか。
ずいぶん昔のことですが、今でもありありと覚えておりますよ。
私はそのときエルサレム軍団第一百人隊の兵士でありました。
第一百人隊というのは、軍団のあまたの百人隊の中の一番の精鋭部隊です。
処刑が行われたのは、ユダヤの過越しの祭りのときです。彼らの最大の祭りであり、ローマへの反逆や暴動などの企ても予想されました。
万全を期すため、精鋭の第一百人隊が十字架の丘の警護を担うことになったのです。
私は隊長殿の伝令係で、十字架のすぐ下で隊長殿のかたわらに控えておりました。

イエス様は、十字架につけられ、釘打たれた手足からも、いばらの冠をつけられた頭からも血をしたたらせていました。
他の二人の盗賊たちも苦しげにうめいていました。
こうして長い時間をかけて死に至らせる、というのが十字架刑なのです。

ローマ軍兵士の私が、なぜユダヤの罪人を「イエス様」と敬称で呼ぶのか、とおっしゃるのですか。どうか最後までお聞きください。そうすればわかっていただけます。

イエス様は苦しげな息をしながら何か話しておられました。
隊長殿も私も思わず耳をそばだてました。
「父よ・・父よ・・」
自分の犯した過ちを親にわびようというのでしょうか。
「父よ。彼らをお赦しください。
彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」
一体、なんという言葉でしょうか。なんという祈りなのでしょうか。
もう死が間近に迫っているそのときに、自分のことでなく他人のことを、自分を苦しめた者たち、あるいは捨て去った者たちのために、赦しを乞うて祈りをささげているのです。
隊長殿も私も茫然と立ちすくむばかりでした。

背後では群衆や祭司たちが罵り声をあげていました。
「お前が神の子キリストで、選ばれた者だというなら、自分で自分を救ってみろ。」
若い兵士らは罪人の着物をはぎ取り、くじ引きで着物を取り合っていました。
「お前がユダヤ人の王ならば自分を救ってみろ。」とあざ笑うのです。
十字架に付けられた盗賊の一人まで悪口のかぎりをつくしています。
「お前が救い主キリストだというのか。それなら俺たちも救ってみろ。」

そのとき、もう一人の盗賊が言い出しました。
「お前は神をもおそれないのか。
俺たちは自分の犯した罪の罰を受けているだけだ。
だが、この方が何をしたというのか。」
そしてイエス様の方に首をめぐらして言いました。
「イエス様、あなたの御国の位にお着きになるときには、どうか私のことを思い出してください。」
それを聞いてイエス様はおっしゃいました。
「まことにあなたに告げます。
あなたはきょう、私とともにパラダイスにいます。」

その時、急に全地が暗くなりました。
そのまま、いつまでもいつまでも暗闇が続くのです。どれだけの時間がたったでしょうか。
人々はざわめき、やがて不安と恐怖が高じてきたのが分かりました。
精鋭の第一百人隊の兵士たちは、さすがに微動だにせず持ち場を守っていました。
そのときイエス様が大声で叫びました。
「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」
そのままがっくりと首を垂れて息を引き取られたのです。

突然、雷鳴のような大きな音がして、地面が大きく揺らぎだしました。
「大変だ、神殿の幕が真っ二つに裂けたぞ!」誰かが大声で叫んでいます。
人々は悲鳴を上げ、逃げ惑いだしました。
兵士たちさえ、うずくまり、ある者は恐怖に駆られ持ち場から逃げ出そうとしています。
副官殿が叫んでいます。
「持ち場を離れるな!エルサレム軍団第一百人隊の誇りを忘れたのか!」
兵士たちはようやく我に返り、持ち場を守り続けました。
副官殿がこちらに駆けてきます。
「隊長殿、隊長殿!」
私は隊長殿を振り返りました。
隊長殿は、私たちに背を向けてイエス様の十字架を仰いでおられるのです。
副官殿が隊長のすぐそばに来られてもう一度「隊長殿!」と言われました。
隊長殿はようやく私たちの方を振り返られました。
「見ろ。」
そういってイエス様の十字架を指さされます。
私たちも十字架を仰ぎ見ました。
「あの方は本当に正しい方だった。神の御子だった。」

あなた様はローマの貴い方のために、イエス様の記録をまとめておられるのですか。
それで私のような一介の退役兵士にまで話を聞きにいらしたのですね。
あなたのお名前をうかがっておりませんでしたね。
ルカ様とおっしゃるのですか。

私がお語りできることはこれですべてです。
イエス様を正しい方と信じ、神の御子と呼んだのは、ローマ軍の隊長です。間近にイエス様を仰ぎ見、その最後の振る舞いを見て、最後の言葉を聞き取ったからこそ、確信をもって、イエス様を神の御子と信じたのです。


【ご参考】
ローマの百人隊長については、次のブログもご一読ください。
おっちゃんの出る映画―偉大な生涯の物語
おっちゃんの出る映画(その2)-ローマの百人隊長


虎猫
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by covenanty | 2013-03-28 21:04 | 聖書の話 | Comments(0)

私はゲラサ村の村長を務めている竹蔵と申します。
ユダヤの方々は、私たちが豚を飼って食べるので「ゲラサの豚食い」などと見下しておられますが、豚は丈夫で、どんな餌でも食べるので飼育は楽ですし、肉は滋養があり、とてもおいしいのです。
私たちは豚を育てて平和に暮らしていたのですが、一つ問題がありました。
「ゲラサの墓男」という男のことです。
もとは、働き者の力持ちだったのに、あるとき悪霊に取り憑かれ、昼も夜も大声を出して暴れまわります。やむなく鎖につないで墓穴の中に入れたのですが、鎖をちぎっては暴れ出し、手が付けられません。食べるものがないと暴れ出して村に押し掛けてくるので、私が下男の松吉や梅助に命じ、豚肉とパンなどを届けて何とかなだめていたのです。

あのユダヤの先生イエス様が、お弟子様たちと一緒にガリラヤ湖を渡って私たちの村に来られた時のあの騒動は、今でもありありと覚えています。
松吉が血相を変えてやってきました。
「村長様、村長様!大変です!」
「どうした、またあの墓男が暴れているのか。」
「それがいつもと様子が違います。ユダヤのイエスとかいう先生がやってきて、墓男と話しておられたところ、急に体をかきむしり、七転八倒の姿で・・」
私はあわてて墓場に行きました。悪霊に憑かれても同じ村人です。放って置けません。

墓男は、イエス様の前でこんなふうにわめいていました。
「俺たちはレギオンだ、5千人の悪霊だ、どうかこの地から追い出さないでくれ。」
松吉も梅助もぶるぶると震えています。村長の私もぞっとしました。
「レギオン」といえば、ローマの軍団を指す言葉です。数千人の兵士を抱える大部隊です。悪霊は自らレギオンと名乗っています。一匹二匹の悪霊どもではなかったのです。

ところが、イエス様は平然と墓男に向き合っています。
「どうしてほしいのか。」
墓男、いや墓男に取り憑いた悪霊レギオン達は大声を上げました。
「あそこの豚の群れ、あれに乗り移らせてくれ!」
村の豚飼い達が2千匹もの豚を山腹で飼っていたのです。
イエス様はうなずき「豚の群れに移れ!」とお命じになりました。
すると、悪霊たちは墓男からわさわさと出て、一斉に山腹の豚の群れに取り憑きました。豚たちはもがき苦しみ、山を駆け下り、崖から湖へと飛び込み、溺れ死んでしまいました。

私たちは呆然と見守るだけでした。
ふと気が付くとあの墓男が、まるで夢から覚めたような顔で立ちすくんでいます。
着ていたものはボロボロに剥がれ落ち、ほとんど裸同然の姿です。
「松吉、梅助!着るものを持ってきてやれ、体を洗って着物を着せてやれ!」
私は下男たちに命じました。そして、墓男の体を洗って着物を着せてやりました。
その頃には豚飼いの男たちや村人たちが押し寄せてきました。
「村長様、豚が豚が・・」と豚飼いは泣きじゃくっています。村人たちも豚飼いたちから事情を聞いて、口々に叫んでいます。イエス様に石を投げようとしている者もいました。

私はイエス様に駆け寄って言いました。
「イエス様、イエス様、私はこの村の村長です。
悪霊どもを追い出していただいて本当にありがとうございます。でも豚は村の大切な食糧です。豚を殺されたと思って、村の者たちが騒ぎ出しています。この場は私が何とかおさめますので、お引き取りいただけませんか。」
イエス様はうなずいてお弟子様たちにこの場を去ることを告げました。

そうしてイエス様が船に乗り込もうとした時です。
「先生、お待ちください。どうか私もお供させてください!」
あの墓男が追いすがり、土下座してイエス様に懇願しました。
それを見て、私もイエス様の足元に走りよってひざまずきました。
「イエス様、私からもお願いします。こいつはたわけ者ですが、力持ちです。どうか先生の荷物担ぎとしてでも、ご一緒させてやってください。」
この村にいても、この男を受け入れてくれるところはないでしょう。イエス様のお伴に加えていただくのがこの男のためだ、と思ったのです。
でもイエス様はお許しになりませんでした。
「お前の家に、家族のもとに帰りなさい。主がお前にどんな大きなことをなさったか、どれほどお前を憐れんでくださったのかを、この地で伝えなさい。」

私は墓男に言いました。
「私たちと一緒に戻ろう。先生のおっしゃるようにお前の体験を皆の衆に伝えて行こう。」
私は墓男に喜太郎という名前を与えました。東の国で、墓に住んで魔物を退治する鬼太郎という英雄がいると聞いていたので、それにちなんだ名前にしたのです。
喜太郎は、この村だけでなく近隣の豚飼いの村々を回っては、力仕事や人の嫌がる仕事を喜んで引き受け、その間に自分の体験を人々に伝えていきました。
村人たちがお礼に豚を少しずつ分けてくれ、私たちの村の豚の数も回復していきました。

いま私は思うのです。
墓男喜太郎は、私たちに代わって悪霊を一身に背負ってくれていたのだ。
イエス様の力で、悪霊から救われて、私たちの元に戻ってきてくれた。
いま、自らの苦しみと救いを近隣の村々に伝えてくれている。この男こそ、何よりも雄弁にイエス様の恵みを証するものなのだと。
だからイエス様は「お前の家、お前の家族のところに帰りなさい。」とおっしゃったのだと。

2012年11月4日田中秀亮神学生のメッセージ救いから遠かった人にヒントを得て

虎猫
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by covenanty | 2013-01-19 14:50 | 聖書の話 | Comments(2)

私はエチオピアの女王陛下カンダケ様に使える宦官です。
女王陛下の身の回りに仕える官僚は去勢された宦官に限られます。
畏れ多くも女王陛下との関係を疑われてはなりません。また子をつくるものは自らの一族の繁栄を考えて、女王陛下への忠誠を軽んじかねないからです。
私のように家柄も後ろ盾もない者にとって、宦官となることは栄達のためのごく限られた道だったのです。
覚悟を決めてこの道に入り、幸いにも女王陛下のご信頼をいただき、陛下の財産一切の管理をお任せいただけるまでなりました。
でも、町を視察するときなど、若い夫婦が子供を連れて楽しげに歩く姿、家族が集まって宴を催している姿などに、自分が失ったものの大きさを考えることもありました。

エルサレムに幾度か出向く機会がありました。彼の地の宗教に接し、礼拝にも出席しました。
でも、私のような宦官には、改宗の道が閉ざされていることも知りました。
それでも学ぶ気持ち止みがたく、ようやく聖典のひとつ「イザヤ書」を入手できました。長い巻物ですが、素晴らしい教義が書かれていると聞いたのです。

エルサレムからの帰り、ちょうどガザのあたりのさびしい道を馬車で走らせているとき、イザヤ書を手に読み始めました。意味も分からないままに圧倒され、気がついたときは夢中になって声に出して朗読していたのです。
「ほふり場に連れて行かれる羊のように、・・毛を刈る者の前に立つ羊のように、彼は口を開かなかった。・・」
そのとき、馬車の戸をノックする音が聞こえました。
「今読んでいらっしゃることの意味がお分かりになりますか。」
私は答えました。
「教えてください。私には導く方が必要なのです。どうか馬車にお乗りください。」
馬車に乗ってきたのはまだ若い人でした。穏やかな笑みをたたえながら話し始めました。
「ギリシャ系ユダヤ人のピリポと申します。サマリヤの地で多くの方にイエス様のことを伝え、洗礼を授けてまいりました。神の御使いの声を聞き、ここに参りました。」
「イエス様?ひょっとすると、ナザレ出身の人で、異端者として極刑に処せられた人ですか?エルサレムでいろいろな話を聞きました。」
「そうです。そのナザレ人イエス様です。あなたが今お読みになっていたイザヤ書は、イエス様を予言した箇所なのですよ。」
「・・ほふり場に連れて行かれる羊とは・・・」
「イエス様は自らが十字架刑に処せられることを知っておられました。一言の弁明もなさらずに十字架を担ってゴルゴダの坂を上られました。」
「なぜ、逃げようとなさらなかったのですか。」
「今お読みになったところの前を読んでみてください。」
私は言われるままに読みました。
「『私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの自分勝手な道に向かっていった。しかし、主は、私たちのすべての咎を彼に負わせた。』
これは・・・イエス様はすべての人の罪を一身に背負われた、とおっしゃるのですか?」
「その通りです。その章の最後を読んでみてください。」
「『彼は多くの人の罪を負い、そむいた人のためにとりなしをする。』・・」
私はただ茫然と目の前にいる人を見続けました。
その人がこう語りました。
「この方こそ、本当の救い主です。」
それは私自身の心の中の声とさえ思えました。
「ピリポ様、でも私は宦官です。あなた方の宗教を信じても改宗することはできないのでしょう?」
「どうしてですか?どなたでもイエス様とその救いを信ずる方には洗礼をさせていただきます。」
そのとき、馬車の窓から水辺が見えました。
「お願いです、ピリポ様!どうか、私にあそこで洗礼を授けてください。私でも洗礼をいただけるのでしょう。」
私は御者に命じて馬車を止めました。
そしてピリポ様は私に洗礼を授けてくださったのです。
水につかり、引き上げられた時、私の心の中に静かな明かりがともりました。
主よ、私はイエス様の救いを信じます。あなたは私たちすべての者のためにその命をも差し出されました。私も貴い御跡をついてまいります。
そのように祈り、ふと顔を見上げるとピリポ様の姿は見えなくなっていました。
きっと別の場所で私と同じように迷う人々のために尽くされるのだろう。
そう思いました。
平安な気持ちのまま、馬車に乗り、エチオピアへの帰途につきました。

9月23日 日本伝道福音教団新潟聖書教会牧師吉澤恵一郎 先生のメッセージ「何もさしつかえない」より

虎猫
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by covenanty | 2012-10-17 21:00 | 聖書の話 | Comments(0)

すべての民を私の弟子に

三毛猫のミケ「おじさん。イエス様は『あなた方は行って、みんなを弟子にしなさい。』とおっしゃったのでしょう。じゃあ、みんなを子分にして来い、とおっしゃったの?」
虎猫「そうじゃないよ。イエス様は『すべての民をわたしの弟子にしなさい。』とおっしゃったのだよ。ここで『わたしの弟子』の『わたし』は誰かな?」
「イエス様でしょう。」
「そのとおり!
すべての民をイエス様の弟子にしなさいとおっしゃったのだよ。ミケちゃんの弟子にしろ、とおっしゃったんじゃないよ。
ところでミケちゃんは他の兄弟姉妹と仲良くしているかい。」
「う~ん。まあだいたい・・ケンカすることもあるけど、何とか仲直りするの。」
「そうだろう。みんなイエス様を信じている仲間、イエス様の弟子だからね。
誰が誰より偉いということも、劣っているということもない。欠点も問題も抱えている、そのままの姿でイエス様の弟子にしていただいたのだろう。
イエス様がすべての民を私の弟子にしなさい、とおっしゃったのは、他の人のところに行ってね、お友達になりませんか、お話しませんか、イエス様のことをお話しさせていただいていいですか、ということだよ。
たとえば、こんな人がいたらどう思う?
『俺は偉いんだぞ、イエス様を信じているんだからな。お前たちにイエス様のことを教えてやるからな。ありがたく思ってよ~く聞けよ!』」
「やだー。最低!そんな人がいたら、イエス様が怒るわよ。
救っていただいたのでしょう。自分の力で救われたわけじゃないのに、威張ることなんて何もないわよ。」
「そうだよ、自分が救われた喜びを素直に人に伝えることだよ。自分の弱さも欠点もそのままにイエス様は救ってくださった。だからこそ、人を愛することができる、人に尽くすことができる。その喜びをすべての人に伝えることなのだよ。
そのスタートは、まず、お友達になりませんか、ということだろうね。」
「おじさんのお話聞いていたら、いじめなんてなくなりそうね。たぶんよその国とも仲良くやっていけそうね。」

鹿子木健(からこぎ けん)先生は、長く中国での伝道に携わっておられる方です。
9月9日に長野県の茅野(ちの)キリスト教会に四家ひとみ先生主催のエンゲル・コールの一員として賛美奉仕に伺いました。
その折に、一時帰国されている先生のお話を伺うことができました。上記は、その一部を虎猫流にアレンジしたものです。

だから、あなた方は行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。・・
わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。

マタイによる福音書第28章第19~20節より(新共同訳)

虎猫

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茅野キリスト教会
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by covenanty | 2012-10-05 20:36 | 聖書の話 | Comments(0)

エリヤは王宮から懸命に走って逃れました。アハブ王が偶像礼拝の罪を犯したのを厳しくとがめ「自分の言葉によらなければこの地には露も雨も降らない。」と宣言してきたのです。すぐに王宮の兵士たちが追ってくるでしょう。

走り疲れ、息も絶え絶えに座り込んでしまったエリヤに、神の言葉が臨みました。
「エリヤよ、エリヤよ」
「はい、神様、ここにおります。」
「ケリテ川のほとりに身を隠せ。川の水を飲め。カラスがお前を養う。」
エリヤは御声のままにケリテ川に身を隠しました。
翌朝、目が覚めると、カラスが飛んできました。一羽はパンを口にくわえ、もう一羽は肉をくわえていました。
「神様、感謝します。本当にカラスが私を養ってくれるのですね。」
朝に夕に、こうしてカラスがパンと肉を運んできてくれました。

そして幾日もたちました。今日もカラスがパンと肉を運んできてくれました。でも川の水は涸れてしまいそうです。エリヤは祈り、耐え忍び、神の御声を忠実に待ち続けました。
とうとう川の水が涸れたまさにその時、神の声がありました。
「エリヤよ、エリヤよ。」
「はい、神様、ここにおります。」
「お前はシドンの町ツアレファテに行け。お前を養うやもめがいる。」
エリヤはびっくりしました。
シドンと言えばアハブ王の妃イゼベルの出身地です。偶像礼拝の本拠地です。アハブ王は、このイゼベルを妃にしてから、妃の言うままに偶像礼拝に走ったのです。その偶像崇拝の地の真っただ中に行け、という命令です。
でも、神様のお言葉通り、確かにカラスがエリヤを養ってくれました。
忠実にご命令に従おう、エリヤは決めました。

ようやくシドンの町ツアレファテの門にたどり着きました。ちょうど薪(たきぎ)を拾っている女の人がいました。
「おかみさん、すみません。水を一杯とパンを少しいただけませんか。」
「旅のお方ですか。差し上げたいのはやまやまですが、いま我が家にあるのは一握りの粉と油が少しだけです。今拾ってきた薪でパンを焼いて、私と息子で最後の食事をして死のう、と考えていたところなのです。」
「おそれることはありません。まず私に小さなパン菓子を作って持ってきてください。それからあなた方のためにパンを作りなさい。
神様はおっしゃっています。『この日照りの終わるときまで、かめの粉は尽きず、壺の油は尽きない。』」
不思議なことをいう人だと思いながら、女の人は言われるままに、まずパン菓子を作ってエリヤに持っていきました。帰ってくると粉も油も減っていないように思えました。それでもちょうど二人分くらいです。これが最後の食事と覚悟してパンを焼きました。
ところが、パンを食べてから、かめと壺を見ると、粉も油も入っているではありませんか。
「あの方は本当に神の人に違いない。」女の人は町の門まで走ってエリヤを家に迎えました。毎日毎日、エリヤの分も含めて3人分のパンを焼きましたが、粉も油も尽きることはなかったのです。
ところが、女の人の息子が急に重い病にたおれ、そのまま亡くなってしまいました。
「エリヤ様、神の人。あなたは私の罪を知らせるために息子の命を奪われたのですか。そのために来られたのですか。」女の人はそう言って慟哭しました。
エリヤは女の人から息子の遺骸を受け取り、自分の床に横たえ、そして祈りました。
「私の神、主よ、どうして私を養ってくださったこの人の息子を死なせたのですか。」
さらに祈りは続きます。
「私の神、主よ。どうかこの子の命をこの子のうちに返してください。」
エリヤは、二度、三度と祈り続けました。
神は祈りを聞かれ、息子は生き返りました。
女性はひざまずき、エリヤに言いました。
「あなたは神の人です。あなたは神の言葉、真実の言葉を語る方です。」

エリヤの物語はさらに続きます。ただ一人でバアルの預言者450人と対決して打ち勝ちますが、イゼベルの追及を恐れて山に逃げます。そこで神の声を聞き、神により頼む者の強さを学び、自分の使命を果たすべく再び立ち上がります。
エリヤは、その家系も両親の名すらも伝えられていません。ごく普通の人でした。
それでも神に用いられ、偉大な預言者となったのです。

メンデルスゾーンのオラトリオ エリヤ は、この預言者の生涯を描いた名曲です。機会があればぜひ聴いてみてください。

9月2日聖書同盟 小山田 格総主事のメッセージに基づいて

虎猫
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by covenanty | 2012-09-18 20:46 | 聖書の話 | Comments(0)

「ギデオン様、全国から3万2千人の勇士が集まりました。」
「すごいやないか。それで、敵のミデヤン人たちは何人くらいや?」
「ざっと13万人から14万人といったところで・・」
「あかん、これじゃ勝てへん。どうしよう。」
「ギデオン様、あなた様には神様がついていらっしゃるのでしょう。奇跡を見せるように神様にお願いしてください。そうすれば兵士たちも奮い立つでしょう。」
「それもそうやな・・
神様、羊の毛を置いておきます。明日の朝、霜がこの羊の毛だけに降って、土地のほかの場所は乾くようにしてください。」
翌朝、ギデオンの置いた羊の毛だけに霜が降っていました。
「ギデオン様、まだ兵士らの中で『あれは何かの手品だろう。』などと言う者がおります。」
「まずいな、もう一回だけ神様にお願いしてみよう。
神様、神様、これが掛け値なしの最後の最後のお願いです。今日と逆に、明日の朝、霜が土地全体を覆い、羊の毛だけ乾くようにしてください。」
翌朝、果たして、今度は地面全体に霜が降り、羊の毛だけが乾いていました。

陣を張ったギデオンに、主の声が臨みました。
「ギデオンよ。」
「なんですか、神様。」
「お前の軍勢は多すぎる。勝っても自分たちの手柄と思うだけだろう。帰りたい者はここから帰らせなさい。」

「皆の者、聞け。明日は合戦だ。生きて帰れると思うな。イスラエルのために死ねる者だけが残れ。命を惜しむ者は遠慮はいらない。ここから帰りなさい。」
「ギデオン様、大変です。3人に2人は帰ってしまいました。残りは1万人です。」
「かまわん。残っているのは本当の勇士だけだ。1万人でも神が私たちとともにいる。」

「ギデオンよ。」
「なんですか、神様。」
「まだ兵士の数が多すぎる。水辺に連れて行って水を飲ませなさい。水の飲み方で真の勇士を選び出してやろう。」
兵士を水辺に連れて行くと、大概の者が、ひざまずき顔を直接水につけ、犬のようにぺちゃぺちゃと飲みました。ごく一部の者は、手で水をすくい、立ったままで手から水を飲みました。
ギデオンは神様のご計画がはっきりとわかりました。犬のように無防備に水を飲む者は勇士ではありません。水を飲むときも、周囲をうかがい、立ったままで水を飲む者こそが勇士です。
こうして、わずか3百人の本当の勇士が選び出されました。

その夜、主の声がしました。
「ギデオンよ。今夜こそ夜襲をかけろ。ミデヤン人らは下の谷にいる。一斉に山から駆け下りて攻め立てろ。」
「ひえ!今夜ですか!それはちょっと・・」
「どうした、怖いのか。それならまずは若い者ブラを連れて偵察に行ってみろ。」

ギデオンが若者ブラとともに偵察に行くと、谷にはミデヤン人たちがイナゴのように大勢集結しています。
そのひとりが仲間に話しかけています。
「いやな夢を見たぞ。大麦のパンが陣営に転がり込んできて天幕を倒してしまったのだ。」
「う~む。それはあのギデオンではないか。われらの陣営は神の手でギデオンに渡されてしまったのかもしれないぞ。」
この時、ギデオンは勝利を確信しました。

300人の勇士はギデオンの命令に従い、三隊に分かれ、手に持った「たいまつ」の火を壺で隠し、ひそかに山の中に散開しました。
そして、ギデオンの命令一下、壺を割って燃え盛るたいまつを高々とかかげ、息も切れよと角笛を吹き鳴らし、「主の剣だ、ギデオンの剣だ!」と大音声で呼ばわりながら、一斉に山を駆け下りました。
ミデヤン人たちは大軍の襲来かと恐怖に駆られ、逃げ出し、同士討ちをする始末。
さらにギデオンの命令で集められたイスラエル人たちが敗走するミデヤン人を追撃し、ついにイスラエルは大勝利を得たのです。

ギデオンは、臆病な弱虫でした。主は弱虫を用いられ、試練により勇士へと鍛え上げられたのです。

8月19日聖書同盟 小山田格 総主事のメッセージに基づいて

虎猫
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by covenanty | 2012-09-04 21:00 | 聖書の話 | Comments(0)

モーセ「神様、やっぱり自分には無理です。何しろ口下手であがり症で・・
     誰か別の人に行っていただくわけにはいきませんか?」
神様 「いつまでぐだぐだ言っとるのか。
     お前には兄貴のアロンがおるやろ。あいつはお前と違って弁舌さわやかやぞ。
     わしがアロンに電話しといた。
     アロンは大喜びで『モーセが来るんやったら百人力です!』と言っていたぞ。
     今頃は家の前に出て、お前が来るのを今か今かと待っとるぞ。
     兄貴が待っとるのに、弟のお前がぐずぐずしていてどうする。
     行け!モーセ。」
モーセ「神様、それなら行かしてもらいます。
     そやけど、兄貴と話がついているなら、それを早く言って下さったらいいのに。」
神様 「モーセよ。お前の足元を見てみろ。」
モーセ「なんですか。あれ?グリコキャラメルの箱ですな。」
神様 「お前がグリコのおまけほしかったら、お店のおばちゃんになんて言うんや。
    『おまけください』というのか。」
モーセ「とんでもない。それでは売ってくれまへん。『おばちゃん、グリコください。』
     と言います。」
神様 「そらみろ。わしがグリコの本体や。そのわしが常にお前とともにいる。
     そう言ったのを忘れたのか。必要なことは言ってみれば『おまけ』や。
     お前の必要はすべてわかっておる。
     必要なときに必要なおまけはお前に与える。
     お前はただ、私がお前とともにいることだけを忘れるな。」

モーセが気がつくと、神様の声は消えていました。エジプトに戻るという確信だけが強く心にありました。そのとき、一人の若者がモーセの方に駆けてきました。
若者  「モーセ様、モーセ様。」
モーセ 「あんた誰や。」
若者  「アロン様のお使いで参りました。ヨシュアと申します。
      エジプトへ戻り、イスラエルの民を暴虐なエジプト王から救ってください。」
モーセ 「よし分かった。すぐ行こうやないか。」
ヨシュア「やったー、ありがとうございます!!
      では、早速武器を集めましょう!」
モーセ 「武器はいらない。」
ヨシュア「?」
モーセ 「私たちの武器はこの羊飼いの杖だ。神が私たちとともにいる。」

6月24日ゴスペルチャーチ東京牧師 波多 康 先生のメッセージより
後半のシーンは映画「十戒」より(1回見ただけでも10回分の値打ちがあります。)

虎猫
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by covenanty | 2012-07-07 21:17 | 聖書の話 | Comments(0)

走れ!ザアカイ

ザアカイはエリコの町の取税人の頭で大金持ちですが、町の人には嫌われていました。規定以上の税金を容赦なく取り立てては私腹を肥やしていたからです。

そんなザアカイに、不思議になついてくれる少年がいました。
いつか、ザアカイがパン屋に取り立てに行ったとき、パン屋が「これでご勘弁を。」と大きなパンを差し出しました。パン屋を出たときに、物ほしそうな目つきの少年に会いました。
ザアカイは何の気もなく「そらよ。」とパンを少年に渡しました。
それ以来、少年は、店の掃除など雑用をしてくれるようになったのです。

その少年の声がしました。
「おじさん!ザアカイおじさん!」
「なんだ、お前か。パンはないぞ。」
「違うよ、おじさん、イエス様だよ、イエス様が来られたんだよ!」
イエス様?
ザアカイも聞いたことがありました。力ある言葉を語り、病の人を癒し、人びとに慕われ、救世主ではないかとあがめられている。・・・そんな方だと聞いていました。
外に出てみると、町の人がみな「イエス様、イエス様」といいつつ、どんどん走っていくではありませんか。もうだいぶ遠くまで行ってしまわれたのではないか。
「おじさん、こっち、こっち、先回りしよう!」少年は駆け出しました。
ザアカイはもともと小柄で太り気味。走るのは早くありません。前を走る少年を必死に追いかけました。少年は町の抜け道の狭い路地を突っ走っていきます。
「おじさん、ザアカイおじさん、走って走って、早く早く!」
少年は時折立ち止まっては、懸命にザアカイに呼びかけます。
走れ!ザアカイ。
ザアカイは自分で自分を必死に励まして走り続けました。
「おじさん、こっちだ。イエス様はこっちの方に来られるよ!」
もう待ち構える人々でいっぱいです。ザアカイが通してもらおうにも、みんな夢中です。それどころか、ザアカイとわかると、足を引っ掛けて邪魔する人までいます。
「おじさん、この木、これに登ればイエス様が見えるかも。」
少年が指差す木にザアカイは取りついて、懸命によじ登りました。
「なんだありゃ?」「ザアカイの野郎だぜ。」
「大きな木にへばりついて、まるでアブラゼミだね。」
下で見上げる人々が遠慮なく囃し立てます。熟れた果物を投げつけてくる人までいます。
ザアカイは木にしがみついてこらえました。
ちょうどそのとき、イエス様が来られ、上を見上げられました。
ザアカイはさっと血の気が引きました。こんなふうにイエス様を木から見下ろすなんて、とんでもない失礼をしたのではないか。イエス様に叱られるのではないか。
イエス様はおっしゃいました。
「ザアカイ、降りておいで。今日はお前の家に泊めてほしいのだ。」
ザアカイは、木から滑り降りてイエス様の足元に駆けよってひざまずきました。
町の人たちはひそひそとつぶやきました。
「あんな罪人のところに泊まるなんて。」
でもザアカイは立ち上がり、イエス様を自宅に迎えました。
「主よ、私の財産の半分は貧しい人々に施します。私がだまして取り上げたお金は4倍にして返します。」
イエス様はおっしゃいました。
「今日、この家に救いが訪れた。この人もアブラハムの子なのだから。
人の子が来たのは、失われたものを探して救うためなのだ。」

こうしてザアカイは約束通り、自分の財産の半分は貧しい人に、だました人にはその4倍を払いました。財産はきれいになくなってしまいました。
このうえは、身一つでイエス様のお弟子の端くれに加えていただこう。ザアカイがそう考えていると、またあの少年の声がします。
「おじさん、おじさん!」
「どうした、坊主。悪いけれどおじさんは文無しだぞ。パンも買ってやれないぞ。」
すると、少年は袋を差し出しました。少年の後ろに女の人が立っています。
「ザアカイ様。この子の母です。いつぞや私が病気の時にこの子にパンをいただきました。それから時折お駄賃もいただいたりして、お陰様ですっかり元気になりました。
うちの家のイチジクを干したものです。」
「おじさん、イエス様のところに行くんだろう。手ぶらじゃかっこ悪いだろ。
これ持って行ってよ。皆さんで食べてもらってよ。」
ザアカイは袋を持ちました。ずっしりと重い。きっと一生懸命に干しイチジクを作ってくれたのだな。そう思いました。
「おじさん。」また少年がいいます。
「今度は走らなくてもいいんだよ。イエス様はずっと待っていて下さるから。」
ザアカイは袋を背負い、少年と母親に手を振りながら、イエス様のおられる方へと歩き出しました。不思議なことに、少年と母親だけでなく、町の人々もみな手を振ってくれているのです。

(ルカの福音書第19章より)

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by covenanty | 2012-05-22 20:56 | 聖書の話 | Comments(3)

カナの婚礼

私はマリア様の下男のハッサンと申します。
マリア様がカナのご親戚の婚姻の取り仕切りを任されたときにもお供しました。
大わらわで料理や葡萄酒などを用意しました。
ところが、予定外にお客様が増え、また皆さんよく飲み食いされました。
宴会の世話役が青ざめてしまいました。
「ハッサンよ。たいへんだ。葡萄酒が切れた。いまテーブルにお出ししているだけで全部だ。もう皆さん酔いも回っている。安物でいいから何とか調達してきてくれ。すぐマリア奥様と相談してくれ!」
私もあわててマリア様にご相談しました。
マリア様は息子のイエス様を呼ぶようにおっしゃいました。マリア様のご家族であり、お弟子様ともども婚礼に出席されていたのです。
マリア様はイエス様と何事か相談されてからおっしゃいました。
「ハッサン。何でもこの方のいうとおりにしてあげてください。」
ご自分の息子さんのことを「この方」というのも不思議だと思いましたが、ともかく時間がありません。
イエス様は「水がめに水を一杯満たしなさい。」とおっしゃいました。
下働きの男たちみんなで、100リットルも入るかという大きな水がめ6つに水を一杯満たしました。すると、ぶつぶつと泡が立つような音がしてきました。おいしそうな匂いも漂ってくるではありませんか。
イエス様は「そこから汲んで世話役のところに持っていきなさい。」とおっしゃいます。
私たちは葡萄酒を入れる壺に水がめから汲みいれて宴会の場へ運びました。芳醇な香りがますます強くなっていきます。
「ハッサン、葡萄酒はあったのか。」世話役が青ざめながら叫んでいました。
私は壺を渡しました。世話役は壺から一口すくって飲み、はっと顔を見上げました。
「ハッサン、これはすごい!こんな上等な葡萄酒をどこから持ってきたんだ。」
私は素知らぬ顔で「この家にあったんだよ。」と答えました。
世話役は「花婿さんを呼んで来い!」と叫びます。
呼ばれた花婿さんは、何か落ち度があったのかと、ひやひやしながらやってきました。
世話役が言います。「あんたを見直したよ。この葡萄酒を一口飲んでごらん。」
花婿さんは言われるままに一口飲みました。そして、「あ、これは!」
世話役はさらに続けます「若いのに感心したよ。大体みんな初めのうちはそれなりの葡萄酒を出すが、お客の酔いが回ったら、もう味もわからないだろう、といって安物を出すものだ。あんたは、一番の上物を最後までとっておいたのだ。」
それから「ハッサン、この葡萄酒はどれくらいあるんだ。」
私は答えました。「大がめ6つ。あふれるほどに入っているよ。」

これがイエス様の最初の奇跡でした。あふれるほどの恵みの初めだったのです。
(この記事は、9月18日クリエーションリサーチ顧問野口誠先生のメッセージに触発されて作成しました。カナの婚礼の本当の意味についてはこちらをご参照ください)

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by covenanty | 2011-09-28 21:26 | 聖書の話 | Comments(0)

ナルドの香油

私はマルタ様、マリア様に長くお仕えしているばあやのアンナと申します。
あのナザレのイエス様が来られた時のことはよく覚えておりますよ。
なにしろ、ラザロ様をよみがえらせて下さった偉い先生です。
心を込めてお食事をおつくりして先生とお弟子様たちに捧げました。
マリア様はしばらく先生の足元でお話を伺っていらっしゃいました。

今だから申し上げますが、お弟子様たちのなかには、まあよく飲むわ食べるわ「お~い女中さんよ。ワインをもっとほしいな!」など、遠慮のない方もいらっしゃいましたし「お前よりおれの方が先生によくお仕えしているんだ。」などと自慢話を声高になさったりする方もいらっしゃいました。
会計の担当のお弟子さんは、食事の最中も帳簿を開いて、何かぶつぶつ言いながら、お仕事を続けていらっしゃいました。
先生はひとり静かに食事を続けておられました。

マリア様は何事かマルタ様とお話になると、席をはずされ、しばらくたつと、ナルドの香油の壺を持って戻ってこられました。
ご存知でしょうか。はるか東の国から伝えられたとても高価な香油です。
マルタ様、マリア様のお母様が家宝のように大切にされて、お亡くなりになるときにお二人に遺されたものです。
「お前たちの一番大切なときに使いなさい。」そうおっしゃっていたのを覚えています。
300デナリといいますから、そうですね、お国の一流会社の若い社員さんが一年間一生懸命働いてようやくいただけるかどうかの額とでも申しましょうか。

マリア様はイエス様に近づき、ためらいもなく壺の口を割ると、イエス様の頭に注ぎだされました。とたんに部屋中が香油のかおりでいっぱいになりました。
それからマリア様は、イエス様の足元にひざまずき、香油をイエス様の足に塗り、ご自分の髪でぬぐって差し上げたのです。
マリア様は、長い美しい髪をなさっている方で、村の若い衆の憧れにもなっている方です。
その自慢の髪を右手に束ね、左手でイエス様の足を支え、幾度も幾度もぬぐっていらっしゃいました。マリア様は泣いているようにも見えました。
お弟子様たちも、その場に居合わせた人々もみな、息をのんでこの様子を見ていました。

そのとき、あの会計係のお弟子さんが立ち上がりました。
「なんと無駄なことをするんですか。そんな高価な香油を。売れば貧しい人々に施しができるでしょう。」
幾人かのお弟子様たちも、次々と「そうだそうだ。この女は何と無駄なことをするんだ。」とマリア様を責めたてたのです。
マリア様はもうお気の毒なぐらい青ざめて立ち尽くしていらっしゃいました。

そのとき、イエス様が手でお弟子様たちを制していわれました。
「この人を責めてはならない。私のためにいまこの人ができることをしてくれたのです。
私の埋葬の用意をしてくれたのです。
あなた方にはっきり言っておきます。
福音が宣べ伝えられるところなら、この人のしたことが伝えられて、この人の記念となるでしょう。」

このイエス様の言葉の本当の意味を知ったのは、それからしばらく後のことでした。

(8月7日礼拝のメッセージ 
キリスト者学生会(KGK)関東地区主事 田中秀亮兄 「ナルドの香油」に触発されて作成しました)

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by covenanty | 2011-09-09 20:48 | 聖書の話 | Comments(0)