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明るい高齢化社会(その4)「病院ボランティア」

 「虎、病院行くぞ!さっさと支度しろ!」
松ばあさんの割れ鐘のような声
嫁の吉江さんも孫の美樹もくすくす笑っている。
「早く行ってあげてください。」と吉江さん。
「おじいちゃん、いつものおにぎり、今日は私が作ったのよ。」と美樹。
仕方ない。パソコンなどが入ったキャリーバック、美樹が作ってくれた弁当を手に、松ばあさんと一緒に愛車カローラで病院へ。

  「今日はいったい何の用だ?」と松に聞いてみた。
「入院した人が何だか難しい病気で、病院の先生から『東京都から医療費の助成金が出る。』と言われた。虎よ、お前さんも元銀行員だ、役所の手続きなど朝飯前だろう。調べてあげな!」とぶっきらぼうな声。

  患者さんの名前は中山さん。60歳近い男性で、個室で不安げにされていた。
看護師さんが「中山さん、今お話していたボランティアの方ですよ。」と紹介してくださった。
「お世話になります。中山と申します。
今朝がた、病院に伺ったところ、すぐ入院してください、ということで・・。
妻たちが今、実家に戻っていて私一人なのです。病院の手続きも身の回りのことも、どうしようか、と思っていたら、看護師さんが『病院ボランティアさん』をお願いすればよいと教えていただいたのです。」

ここからは松ばあさんの独壇場だ。
「中山さん。どうかご心配なく、手続きとか身の回りの問題はこの松がいたします。あと、中山さんのご病気について、東京都から治療費が出るとのことでしたね。」
「そうです。先生から伺いました。でもどういう手続きをすればよいのか・・。」
「ご心配なく、その道の専門家の山上虎之助という者を連れてきています。」
その道の専門家にされてしまった。やむを得ない。
「山上です。はじめまして。先生からどんなお話があったのでしょうか。」
中山さんは、医師から説明を受けた書類を取り出しながら説明を続ける。
「私の病気は『チャーグ・ストラウス症候群』という珍しい病気だそうです。東京都から医療費が出るそうで」
私はメモを取りながら尋ねた。
「調べてみましょう。また東京都に問い合わせたりしますが、その際に中山さんのお名前やご住所などを伝えても差し支えありませんか?」
「もちろん構いません。あさってには妻も戻ってきます。必要な手続きはさせます。」

すると松ばあさんが書類を取り出す。
「病院ボランティアの契約書です。私たちが患者さんのために必要なことをお手伝いする。ご本人に代わってお役所や外部第三者と連絡を取る。患者さんの個人情報は守りますし、入院関係で必要な限りでしか情報は利用しません。そんな趣旨です。私と山上が署名します。中山さんもご署名ください。この取り扱いを了承する、ということになります。」

松ばあさんが身の回りの手続きなどをしている間に、私は談話室を借りてパソコンを開き、キーワード「チャーグ・ストラウス症候群」を入力した。
厚生労働省の難病情報センターにヒット。
白血球の一種の「好酸球」が急増、細い血管に血管障害(血管炎)を生じる。外部からの悪者の侵入でなく、体内のテロリストが暴れるのだ。筋がよくない。治療も難しそうだ。
全国で年間発症者が100例程度の珍しい病気らしい。ステロイド剤(副腎皮質ホルモン)の治療で概ね完治するが、脳や心臓などに重い障害を生じたり、麻痺などの後遺症もある。発症した人のブログでは、手足のまひに長く苦しんだ人もいるようだ。

国からの補助金は出ないが、東京都のホームページを見ると、都は独自に東京都難病医療費等助成制度を設けている。申請先や、必要書類なども案内されている。
早速、中山さんの住所地の○○区保健センターに電話してみた。「窓口に来ていただければ必要書類をお渡しします。」という。奥様に取りに行っていただく方がよいだろう。
申請に必要な書類は、住民票、健康保険証の写し、課税状況の証明などだ。手続きが進められるよう一覧化した。厚生労働省サイトの病気の説明、患者さんのブログなど参考記事も添えて、プリントアウトした。
まず中山さんにお見せしよう。奥様にも送信できるよう、メールの下書きも作成した。ここまで所要時間20分、まずまずといったところか。

病室に戻ると、松ばあさんが入院手続書類を整えて中山さんに署名いただいている。身の回り品(お箸、コップなど)も整えられ、中山さんはレンタルのパジャマに着替えてさっぱりした様子だ。
私は中山さんに声をかけた。
「中山さん、レンタルパジャマですね。私も入院時に重宝しましたよ。一日420円でタオルも込み、あとパンツだけあればすごせますものね。」
「虎よ、それはいいけど、病気の医療費補助はどうなった?」と松ばあさんの声
「はい、このとおり。」
私は、中山さんと松ばあさんに、作成したばかりの難病医療費助成の手続き一覧と病気の参考資料のプリントを手渡した。
中山さんはびっくりした。
「こんな短い時間で、こんな分かり易い案内を・・」
「中山さん、言ったでしょう!虎、もとい、この山上はこの方面の専門家ですよ。」
私も言葉を継ぐ。
「奥様が明後日に戻られるなら、保健センターで申請の書類を取ってきていただくのがいいと思います。そこでセンターの方のご説明を聞いていただきましょう。不明なことは私がサポートします。奥様にメールなどで連絡されるなら、資料一式もお送りできますよ。」
中山さんの携帯に資料一式を送付し、中山さんから奥さんに連絡されることとなった。

食堂で松ばあさんと弁当を広げた。孫の美樹が作ってくれた五目ごはんのおにぎり。ばあさんの大好物で、病院ボランティアのときは、嫁の吉江さんか孫の美樹が二人分作ってくれる。
ばあさんは大口開けてうまそうにかじりついている。
「どうだ、虎、楽しかったか?また、来るか?」
うなずくしかない。
「患者さんの身の回りの世話をするボランティアは、ちょっと気のまわる人ならすぐできるだろう。特に女性はこんなことはお手の物だよ。
でも、今日みたいに、患者の固有ニーズに柔軟に対応できるのは、虎のような社会経験のある人間のほうが適しているんだ。」
これもまたうなずくしかない。

定年後の時間の使い方としては、結構いいものだ。社会のお役にたっていると実感できる。
自分自身が数か月前に胸膜炎という病気で緊急入院した。一人で留守番しているとき、胸の急な痛みで呼吸も困難になった。松ばあさんが見つけてくれて、タクシーで病院に運び込まれ、一命を取り留めた。そのときに、ばあさんから病院ボランティアの話を聞き、一も二もなく承諾したのだった。
あの心細い思いを知っているからこそ、人の不安や痛みを感ずることができる。こんなふうにして松ばあさんは、一人一人ボランティアの輪を広げて行っている。
中山さんも、全快したらボランティアの輪に加わっていただけるかもしれない。

「松ばあさんよ。あさって中山さんの奥様が病院に来られる時分に、もう一回病院に行ってみるよ。東京都への申請は、しっかりサポートしてあげる。自分の経験から健康保険の手続きなどもお話してみよう。お役にたつかもしれない。」
「ああ、それがいい。そうしてあげな。困ったときはお互い様だ。」

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彼らは年老いてもなお、実を実らせ、みずみずしく、おい茂っていましょう。
(詩編92編14節)
by covenanty | 2013-09-10 17:15 | 政治・経済・社会