重荷をおろして ~東京カベナント教会へようこそ~

covenant.exblog.jp

トップ | ログイン

セム家の歴史に何がおこったか。

イスラエル民族の祖となったのは、アブラハムですが、今朝のメッセージはそのアブラハムの家系であるセム族の系図についてでした。
ノアの洪水後、人類はセム、ハム、ヤペテという、ノアの3人の息子から枝別れして増えていきます。つまり、大雑把にいうと、セムはアジア系人種、ハムはアフリカ系人種、ヤペテはヨーロッパ系人種のもとになりました。このうちセムは霊的な資質に富んだ人たちだったようですが、このセムからアブラハムまでの系図が聖書に明記されています。

またアブラハム(この時点ではアブラム)の生まれ故郷はカルデア人の街「ウル」であることも書かれています。今のイラク共和国に含まれる街だそうです。この当時(紀元前21世紀)のウルは、南メソポタミア地域の首都として大いに栄えた都市国家であり、教育・文化水準も高く、図書館や学校まで備え、ユーフラテス川から引いた運河による交易で利益を得ていた商業都市だったとのこと。 

「一般に商業都市の住民は開放的で変化を恐れず、時代を先取りするという気風をもっている。と同時に、殆ど必然的であるかのごとく、豊かになればなるほど飽くなき富と快楽の追求に走るといった悪癖も併せ持つ。そのため、その文明が爛熟期を迎えれば、あとは堕落という坂を一直線に駆け下りるというお決まりのコースが待っている。...アブラハムの時代、ウルの文明は爛熟期から崩壊期にさしかかりつつあった」といいます(中川健一『日本人に贈る聖書ものがたり』)。霊的祝福を受けた筈のセム系の人たちでしたが、偶像礼拝にうつつを抜かし、人間的な快楽に溺れていたようです。現在の日本の首都や地方商業都市といった感じでしょうか。

この堕落した街から、神はアブラハムに繋がるテラとその家族を、カナンの地に移動させようとされます。人類救済のための救い主に連なる家系を取り出して、霊的な資質を守るために介入されたのです。人類の歴史の最初から、神の人類救済というご計画はずっと変わることなく保たれており、歴史の中で、そのご計画を着実に成就させるべく働いておられるのです。

経済や経営の世界でもよく「歴史に学べ」といわれます。一般的には経済の動向や、人々の嗜好の流れを先読みして自分の利益に結びつけよということなのでしょうけれど。挙句にバブルの頃、会社経営に孫子の兵法やら、クラウゼヴィッツの戦争論やらを持ち込む経営者もいました(ガキ大将の戦争ごっこです。付き合わされる社員が気の毒でした)。

今もサラリーマンのお好みは歴史小説で、テレビドラマの影響か、幕末ものや日露戦争ものが当世流行りなのだそうです。美化された歴史ヒーローに身を重ねて、宮仕えの生き方を模索するのもいいですが、もっと大きな視点で、それこそ人類の歴史の最初から最後までが記されている書物(発行部数、読者数、それこそ人類の歴史に与えた影響度からしても、人類史上これ以上の書物はありません。やたら情報収集に熱心な日本人なのに、何故これほどまでに軽視するのでしょうか。)に照らし合わせて、自分の人生や仕事観、そして自分の霊性を養わなくてはと思わされました。

礼拝メッセージはこちらで聞いてください。


ポッドキャスト(音声ブログ・人生を変える聖書メッセージ)


インターネット礼拝




★↓ランキング1クリックの応援が励みになります↓★
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ

東京カベナント教会
携帯版ホームページ

ポッドキャスト(音声ブログ・人生を変える聖書メッセージ)

インターネット礼拝 過去分 & 聖書の話の要約“恵みの窓”
インターネット礼拝 日曜10時半生放送

# by covenanty | 2010-02-07 19:20 | 教会行事・集会 | Comments(0)

☆雪☆

先日、東京は2年ぶりの積雪となりました。
前の晩、すごい雪で「これは絶対積もるぞ」と
楽しみにしていた私は、まだまだ子どもです(笑)

小羊園の子ども達も今日は屋上で雪だるまを作りました。
子どもは雪大好きですよね。

朝目がさめて、まず窓を開け、
真っ白い銀世界が広がっていると、
なぜかすごく楽しい、嬉しい、驚きの入り混じった気持ちになります。
うずうずして、外に出たくなります。

「わたしはイスラエル人のつぶやきを聞いた。彼らに告げて言え。『あなたがたは夕暮れには肉を食べ、朝にはパンで満ち足りるであろう。あなたがたはわたしがあなたがたの神、主であることを知るようになる。』」

それから、夕方になるとうずらが飛んで来て、宿営をおおい、朝になると、宿営の回りに露が一面に降りた。

その一面の露が上がると、見よ、荒野の面には、地に降りた白い霜のような細かいもの、うろこのような細かいものがあった。

イスラエル人はこれを見て、「これは何だろう。」と互いに言った。彼らはそれが何か知らなかったからである。モーセは彼らに言った。「これは主があなたがたに食物として与えてくださったパンです。

イスラエルの家は、それをマナと名づけた。それはコエンドロの種のようで、白く、その味は蜜を入れたせんべいのようであった。
出エジプト記16:12~15,31

イスラエルの人たちもこんな気持ちで、
朝、マナで真っ白になった風景を見ていたのかなぁ・・・
だから、私も雪が積もると、うずうずして、外に出たくなるのかな?と
思いながら、今日は景色を楽しみながら通勤しました。

雪の教会


花も寒そうでした


天然水

★↓ランキング1クリックの応援が励みになります↓★
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ



東京カベナント教会
携帯版ホームページ

ポッドキャスト(音声ブログ・人生を変える聖書メッセージ)

インターネット礼拝 過去分 & 聖書の話の要約“恵みの窓”
インターネット礼拝 日曜10時半生放送
Tags: 

# by covenanty | 2010-02-02 18:53 | あれやこれや | Comments(2)

バベルの塔~神への反逆



こんにちは。
寒さ厳しい一週間でしたね。
周囲では風邪ひきの方もちらほらと…。
皆さま大丈夫ですか。

今日の礼拝のお話は
創世記シリーズ その24 「バベルの塔は何を語るか」  です。

バベルの塔とは、ノアの洪水後、権力者ニムロデの王国内に築かれた高い塔です。

塔といえば、
日本ではスカイツリー(634メートル)、
世界ではドバイのブルジュ・ハリファ(828メートル)
などの超高層ビルが思い浮かびます。

これらのビルがどうのというのでは決してありませんが、
人間は「一番」とか「高い」というのに弱いですね。
競うように次々と高層タワーが建築され、すぐに「一番」という記録が塗り替えられていきます。

バベルの塔が建てられたのは、名を上げるため、
そして人々が一か所に集まり続ける(散らばらない)ためでした。


そのうちに彼らは言うようになった。
「さあ、われわれは町を建て、頂が天に届く塔を建て、名をあげよう。
われわれが全地に散らされるといけないから。」
                               創世記 11章4節



そこには人間の傲慢さ、神への反逆心があらわれています。

神はそれを見過ごしにされません。
不遜にも天を目指して建築が進められるバベルの塔を、神は壊します。
これを機に、人々は全地に散らされていくことになります…


礼拝メッセージはこちらで聞いてください。


ポッドキャスト(音声ブログ・人生を変える聖書メッセージ)


インターネット礼拝


冬至から1カ月以上がたって、少しづつ日ものびてきたような

冬来たりなば春遠からじ

早くあったかくならないかな~と待ち遠しいです。


★↓ランキング1クリックの応援が励みになります↓★
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ

東京カベナント教会
携帯版ホームページ

ポッドキャスト(音声ブログ・人生を変える聖書メッセージ)

インターネット礼拝 過去分 & 聖書の話の要約“恵みの窓”
インターネット礼拝 日曜10時半生放送
Tags: 

# by covenanty | 2010-01-31 19:51 | 教会行事・集会 | Comments(6)

諸国民の起源~ノアの預言の成就

今日の礼拝の聖書のお話は
創世記シリーズ23 「驚くべき聖書の預言その2
ノアの預言の成就 ―諸国民の起源― 」

です。

人類の起源、ご存知ですか?

創世記10章には、大洪水によるさばきから生き残ったノアの子孫が、
どのように諸民族にわかれ、分布していったかが事細かに記されています。

「以上が、その国々にいる、ノアの子孫の諸氏族の家系である。
大洪水の後にこれらから、諸国の民が地上に分かれ出たのであった。」
                               創世記10章32節


もともと一つであった人類は、ノアの息子―ヤペテ、ハム、セムから大きく三つの系統に分かれます。

ヤペテは、ペルシア、ギリシア、ロシアなどの民族をつくっていきます。
ハムは、エチオピア、エジプト、リビア、パレスチナなど。
セムは、ヘブル人(イスラエル民族)の先祖となり、
 「神の救いの伝達者」としての使命を担っていきます。

言語学や考古学の発展につれ、聖書の信頼性がますます実証されてきました。

もし聖書がなかったら、創造主のご計画や、人類の歩みに無知であったろうと
マルチン・ルターも言っています。

自分はどこから来てどこへむかっているのだろうか?
自分が存在することの意味はなにか?
生きることの意味や目的はあるのか?

そんな風に思う方は聖書を読んでみてください。
私たち人間が、決して無目的に存在するのでもなく、
無計画に生存させられているのでもないことがわかると思います

★↓ランキング1クリックの応援が励みになります↓★
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ



東京カベナント教会
携帯版ホームページ

ポッドキャスト(音声ブログ・人生を変える聖書メッセージ)

インターネット礼拝 過去分 & 聖書の話の要約“恵みの窓”
インターネット礼拝 日曜10時半生放送
Tags: 

# by covenanty | 2010-01-24 21:25 | 教会行事・集会 | Comments(3)

天国に宝を積む

 イエス・キリストは有名な山上の説教の中で、天国に宝を積みなさいと教えています。

(マタイ6:20)この世の宝は、なくなってしまうリスクがあります。そして、死んで

しまえば、この世の宝はないのと同じです。しかし、天国の宝は決してなくなることは

ありません。聖書にそのように書かれてあります。それではそれではどうやって、天国に

宝を積んだらよいのでしょうか?

聖書に確実に書いてあるのは、「貧しい人に施しをしなさい。そうすれば、天に宝を

積むことになります。」(マタイ19:21)ということです。これは、イエスキリストの

言葉です。その他にも困っている人を助けてあげるならば、天国での報いをいただくことが

できると書かれています。(マタイ25:34-36)そう考えると、慈善事業とか、社会福祉

の事業は、キリスト教的には、一般の世の中とは別に、動機づけすることができます。

すなわち、天国での報いを意識して、人に仕えるのです。そして本来、医療や社会福祉は、

教会を起源としているのです。

現在、社会起業ということがブームになってきていますが、クリスチャンが増えてくれば、

もっともっと、質的にも、量的にもすばらしい社会的な働きが生まれてくるのではないかと

期待しています。   ダン吉

★↓ランキング1クリックの応援が励みになります↓★
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ



東京カベナント教会
携帯版ホームページ

ポッドキャスト(音声ブログ・人生を変える聖書メッセージ)

インターネット礼拝 過去分 & 聖書の話の要約“恵みの窓”
インターネット礼拝 日曜10時半生放送
Tags: 

# by covenanty | 2010-01-17 18:07 | 政治・経済・社会 | Comments(5)

< 前のページ 次のページ >